篝火は燃え尽きる

甲板の上で掌に小さな炎を灯し炭を吐き出した様を図らずとも見かけてしまったマルコは直後視線をかち合わせてしまう。 いよおと手を上げれば何故だか気の逸れようさえ分かってしまい、何となくエースの隣に腰をおろした。

「手紙なんて珍しいじゃあねぇか」
「そうか?」
「俺ァ、お前が文字を読めたって事に驚きだぜ」
「そりゃ、違いねぇ」

他愛もない会話を交わしカモメの鳴く声をBGMとする。

「…女かい」
「下世話な想像してんだろ」
「そりゃ、違いねぇ」

互いに笑う。

「昔の女かい」
「…いや」
「今の女かい」
「…いいや」

ふっと息を吹きかけ炭が海の藻屑と消えた。エースは僅かに笑い、察し様もないマルコもそれとなく笑っておいた。
もう随分、昔の話になるようだ。実際はそんなにたっていないのかも知れない。 まだ、この船に乗る前の話だ。あの頃の自分が手紙なんてものをしたためるわけもない。 決して優しくはなく、故に心落ち着く相手でもなかった。それは互いに。 姿を消す際、己の事を時間が殺してしまう未来が怖くて足掻いただけだ。 それなのに共に過ごす事さえも安らぎに殺されそうで怖ろしかった。それは彼女も同じだったらしく、 まあ互いに幼かったのだろうと今なら思える。 はエースと同じ場所を目指していた。 丁度、七武海への誘いを蹴った頃だったと思う。時同じくしてエース同様その話を蹴ったルーキーがいると聞き、 まあ少しばかり興味は沸いたものの足を運ぶまでもないと思っていた。この広い海の中、 それでも偶然というヤツは動き出すもので、隣り合わせたのだ。血気盛んな面子と共に。

「あたしは今、そういう気分じゃあないのよ」
「キレイな顔が台無しだぜ、そんなに殺気を出しちまうとな」
「敏感なのねぇ、あんた」

そんなにあたしが気に入ったの。最初の出会いは単なる手合わせに終わった。 案の定というべきか、 も能力者であり、一つの町が半壊。海軍が押し寄せて来たもので、即解散。 次の出会いは又しても小さな島であり、互いが互いを付け狙っているのかと疑った。

「あたしは今回もそういう気分じゃないのよ」
「俺も今回はそうだ」
「なぁに?酒でもおごってくれるってわけ」

気だるい印象の女だった。何をするにも覇気がない。 風のように緩く動き目前を見ていない眼差しが印象的だった。こちらの仲間はニヤニヤと笑い見送り、 女の仲間は心配そうに見送る。力が云々ではなく、性としても心配だったのだろう。 しかしとうの は特に気にもしておらず、手を出すか否か迷う。

「手ぇ出すの、出さないの」
「了承を得ねぇと、大怪我しちまいそうだな」
「それならそれで、気持ちいいかも知れないわよ」

下世話な笑いを交えながら徐々に距離を近づけ、そのまま結果やったわけだ。 精を吐き出す行為は気持ちがいいと知ってはいたものの、何故だか特別にいいと感じ、 気持ちよさに押し流されての情さえ浮かんだ。 そんなものは後数時間でも経てばすぐになくなると呟いた はエースの腹の中を見透かしていたのか、 若しくは人間性を見透かしていたのか。黙ったまま部屋を出て行き、その日の夜には船も姿を消していた。
『近くに来ている』といった旨の手紙だった。懐かしさと怖ろしさを兼ね備えたものだった為、 思わず燃やしてしまった。この船に乗ってからというもの昔ほどの焦燥感は なくなったが変わりに余裕が生まれてしまった。そこに がつけいる、その瞬間が怖い。どうになかってしまいそうで。

「おい、エース」
「!」
「行って来いよい」
「…」
「そんで、何もかもすっきりして戻って来ない」

何もかもがすっきりするのだろうかと思ったが飲み込んだ。 ちくちくと胸は痛まなくなるのだろうし、やったらやったですっきりはする。身体は。 心なんてあったような、なかったような。その程度のものに揺さぶられるのかどうかが分からないから不安なのだ。


身も心も揺らすような現地の音楽が夕刻から鳴り響き、続々と人々が島に飲み込まれていく。 東西南北に燃え盛る炎が島の形さえ変えている。一年の内で最もこの島が壊れる日に訪れる事になるとは。 内陸に進めば進むほどよくない匂いが濃くなり、トランス状態の人々が踊り狂っていた。 地面に倒れ伏し笑い転げている女を横目に の指定した飲み屋に入る。 ドアを開けた瞬間、煙が滝のように溢れ本当に飲み屋なのかと疑った。 店内は布地の少ない衣服を身に纏った女や男でごった返していた。 壁に目をやれば随分古いポスターが貼られており、どうやらこの祭りの事を表しているようだ。

「…本当に来たのね」
「何年ぶりだ、
「一々数えちゃいないから分かんないわねぇ」

一つ一つポスターを眺め、その先に はいた。視界に認めた瞬間一気に懐かしさが溢れ心が震える。 気づかれないよう視線を逸らした。気づかれただろうか。 あの頃のような若さはないが気だるさは変わらず、この雰囲気だけで判別が出来るのだろうと思った。

「何やってんだ、今」
「なぁんも変わっちゃいないわよ、あんたと違って何も」

クラゲみたいに海を彷徨ってるわ。 は笑う。

「活き活きしちゃって、愉しそうじゃない、あんた」
「お前は」
「だから、何も変わっちゃいないわよ」
「何で」
「変わったら、あんたと会えなくなる気がして、なんて」

言ったらどうする。そうかもな、だとかそんな事はない、だとか、返す言葉は山ほどあったに違いない。 なのに何も言えず顔を覗き込む。掌で の顔に触れる。

「心が空っぽになっちゃったみたいね」

棘も何もなくなって。まるで消毒液のように痛みを伴う の言葉を只、聞いていた。 どうやら目論みは粉々に砕け散ってしまったようで、きっと何をしても心は晴れない。 マルコとの約束は果たせなかったと、事が起きる前に知ってしまう。 心、置き去りにされている気でいれば開け放たれたドアから大音量の音楽が雪崩れ込み二人を押し潰す。 身体も心も何もかも全てが押し潰された。


2009/8/9(珍しく長い話でした。初マルコ登場)
模倣坂心中