俺は空洞

失墜の夜、反逆者は生まれた

まったく眠れず、それでも起き上がる事も出来ない は寝返りを繰り返していた。 自然に眠る事がまずない為、異様に眠り自体は深く夢を見ない。 不愉快な目覚めを向かえるのにも、もう慣れた。 朝を迎えればこの船をまず下りなければならない。 気を失った事に対しては完全にミスだと思っている。 未だに感情の調整を上手く出来ず、そのせいでこれまで幾度取り返しのつかない事をしてしまったのか。 毎度毎度、やってしまったと思う癖に一向に改善の余地がない。 あのマルコの眼差し。戸惑い冷えていくあの様。 あんなものを見たかったわけではないのだ。 誰だって最悪、寄りかかれる相手を仕舞っているはずで、それがマルコだっただけ。 それを彼が認めないとしてもだ。 決して忘れないと心に誓っていても時間は無常で、時が過ぎれば過ぎる程、思い出は風化してしまう。 サッチを死ぬまで思っていたくとも何故この心は揺れるのか。 そんな自分が許せず、だからといって抗う事も出来ず、どうしようもない泥濘に落ち込んでしまった。 いつ頃からか。愛する事をやめたのは。裏切りだと思ってしまうのは。


エースと鉢合わせたのは偶然だった。 たまたま、飲み屋から出て来た がぶつかった相手がエースだったのだ。 散々アルコールに喰われた を見たエースは呆れたような口調で何をしているんだと聞き、 彼女の背後に立った男を目にし笑ったように思える。 正直、酔っていた為にその辺りはよく覚えていない。 只、翌朝目を覚ませば隣に寝ていたのは、その男ではなくエースだったのだから何かしらの事はあったのだろう。 酷い二日酔いに苛まれながらも酷く狼狽した は息を飲み、音を立てないようゆっくりとベッドから降りた。 衣服に乱れはないが、元々裸に布を巻きつけたような服装だ。分からない。記憶もない。 エースは上半身、裸のまま寝ている。ゴミ箱を覗く。避妊具のゴミは見当たらない。分からない。 この男は避妊をするだろうか。一気に沢山の事を考えてはみたものの、酷く頭は痛むのだし、 結局何一つ答えは見つからない有様だ。同じ様な事を繰り返し生きているというのに、何故、 今回に限りここまで狼狽するのか。床に座り込んだ は少しだけ泣いた。声を殺し。 何故、涙が出たのかは分からない。情けなかったからか、怖ろしかったからか。 ぼんやりとそのまま時間をやり過ごしていればエースが目覚め、悪びれる様子もなく名を呼ぶ。

「どうしてあんたがここにいるの」
「どうしてって…お前が誘ったんじゃねぇか」
「…」
「嘘だよ」
「あたし、あんたと寝たの?」
「…」

その時、エースが何も言わなかった理由は知っている。 が泣いていたからだ。 ベッドから降りたエースは焦った様子で に近づき、一体どうしちまったんだと呟き慰める。 あの日。サッチが死んだと聞かされたあの日に抱き締めた腕と同じ強さで抱き締めながら。 そうしている内に 自身も何故、泣いているのかさえ分からなくなった。 只、埋める為だけに意識も正常な状態で身を重ねた。 エースにしても にしても、失くしたものは同じだったからか。 それなのに、この身体は満たされる事なく減り続ける。


スプリングが一際大きく沈み目が覚める。 どうやら浅い眠りに落ちていたらしい、道理で夢見がよくなかったわけだ。 不自然な揺れに視線を寄越せばマルコがいた。

「…マルコ」
「後悔なんて、するんじゃあねぇよぃ」
「ちょっと」
「もう、うんざりだ」

お前に振り回されるのは。だったか。 起き上がりかけた の腕を掴み、覆い被さる。 又、見知った天井を見つめていた。 マルコから握られた手首は熱い程痛く、今更になって後悔が押し寄せた。 しかし、もう遅い。それも分かっていた。 それでも何故か泣きたくなってしまった は言葉を繋げる事さえ出来ず、マルコの名を呟く。 ねぇ、マルコ。マルコ。マルコ。恐らく彼は聞きたくなかったのだろう。 名を呼ぶなとばかりに口付けられ、大きな掌が身を弄る。 悲鳴の一つでも上げれば難なく事は終わるのだろうに、そんな事をしても今更だとも思え、 だからといって雰囲気にのまれる事も出来ず、只々臆病に身を強張らせる。 自分でもどうしたいのか分からなくなっていた。 サッチの時は愛情を確かめようと、エースの時は傷を舐めあおうと。 ならば、今回は、マルコの場合は何だ。この涙の理由は何だ。

「…

の上に馬乗りになっていたマルコが呟く。 表情は分からない。只、いつの間にか離されていた両腕で顔を抑えながら嗚咽を漏らしていた。

「…ごめんなさい」

果たして誰に謝ったのか。 震える声でそう呟いた は小さく蹲っており、マルコは言葉を繋げる事さえ出来なくなる。 酷い後悔だ。恐らくそれは互いに。悪かったと呟いたマルコはそのまま出て行く。 その背を見送り、悪いのは自分の方だと叫んだが、彼に聞こえただろうか。


2009/11/27(重い。そしてマルコが気の毒。続きます。)
模倣坂心中 /pict by水没少女