現在地を教えて
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月虹を仰ぐ
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「…何か頂戴よ」
「何?」
「何か、あんたのものって分かるものを頂戴、エース」
唐突にの口を突いたのはそんな言葉で、真意を見抜こうと少しだけ考えたエースはすぐに諦めた。
腹の中を探っても意味がないと思ったからだ。相手にそんな真似をしても、まったく何の意味もない。この女は空っぽだから。
だから惹かれもしたし、許せもした。
「突然、どうしたんだい、」
「だってあんた、もうじきここを離れるでしょう」
あたしを置いて離れるでしょう。はエースを見ずにそう言い、煙を燻らせた。
あれは恐らく、三日前にマルコから強奪したタバコだ。
エースがこの船に乗り始めた頃からずっと続いている習慣。朝イチに又やられたと呟き、を追いかけるマルコの姿は恒例の儀式となっていた。
マルコの隊にいるは(この言葉はまったく好きでないが)女だてらに腕がたち、第一線で活躍していた。
この船に来る前の話は知らない。わざわざ話したがらない事を聞くような場所ではないから。
「…俺がお前を置いていくわけが―――――」
「別にあんたが初めてってわけじゃあないけど」
誰かを待つのは疲れるのよ。絶望を抱いている男と寝る、それと同じくらい疲れるわ。
今日に限りこちらを向かないは何を考えているのだろう。いや、何故今日に限り心を読んだのか。
ハナから知れていたのかも知れない。
「けど、あの頃みたいにあたしもガキじゃないから、何も言わない」
「言ってくれ」
「言わない」
「」
「何回も破られた約束を、あんたとするのはもう嫌」
振り向かない彼女の頬を水滴が流れ落ちたような気がした。
誰も彼もが絶対にお前の元へ戻ってくると呟き、そうして誰一人戻っては来なかった。
こんな世界で生きていればよくある話だと思う。別れの言葉と同等なのだ、
その事に気づき少しだけ泣いた。エースがこの船に乗り合わせ
(あんな乗り方ではあったが)生活を共にする間、彼の目指すものが何となく分かり始め、
そんな彼に惹かれる理由も分かってしまった。まったく、
飽きもせず同じような男を好きになりやがると呟いたマルコは
幸せになりなよと言ってはいたが、内心分かっていたのだろう。
「笑顔で見送ってくれよ、」
「嫌よ、そんな。今生の別れみたい」
「…そうだな。そりゃ、そうだ」
エースの掌がの髪を弄り、次に垂れ下がった右手を握り締めた。
どちらとも言葉を繋げる事は出来ず、一寸見つめあい離れる。
よく泣かなかったとマルコは呟いたが、その反応が正しかったのかは分からない。
只、彼がいなくなった隙間は随分広いもので、
握り締められた時に渡された指輪をはめる事も出来ないまま、
自分を置いていく男達が最後に見る景色はどんなものなのか、そんな事を考えていた。
2010/1/13(いい兄、マルコ)
模倣坂心中 |
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