優しくしないで

初めまして未だ見ぬ恋人

街行く人々を眺めている。 小さな子供の両手は若い夫婦に向けられていたり、老夫婦が腰に腕を回し歩いていたりだ。 この街は内地にある為、海賊も余り立ち寄らず、比較的安全な地域と言える。 昨晩も飯を喰おうと立ち寄った店(この街には小洒落た店が有り触れている) にて食事の最中に突然の停電、何事かと思い(それでもエースは手を止めなかったが) 様子を伺えばハッピーバースデーの曲が流れ出し、大きなケーキの登場。 どうやら奥の席に座っている女の誕生日だったらしい。 嬉しいと涙を流しながら蝋燭の火を消す女は、昨晩エースと寝た女だったなんて出来すぎた話だ。 そちらに視線を遣せば、女が一瞬だけ焦った眼差しを浮かべる。 いやいや、みんな好きにしたらいいじゃねぇか。 別に奴らの幸せを台無しにしてやろうだなんて思わないし、声をかけたらすぐについて来たような女だ。 嫌いではないが、添い遂げるべき相手に相応しくはないだろう。 要は、腹の中で馬鹿にしているだけの話。

「そんな所で何をしてるの?」
「ウォッチング」
「何を?」
「人」

背後から声をかけてきたはエースの隣に座った。この女はどこにでも一人で出かけるから楽だ。 甘えないのか、甘え方を知らないのか分からないが、は余りエースの側に来ない。だからこんなにも曖昧な関係を続けるに至った。 手を出してもいいが、そんな無理をする位ならば楽な方へ傾くのは仕方のない事で、 手を伸ばせばそれなりの女が捕まるもので、必要性がないと判断。緩い時間を共有する関係を選んだ。

「非生産的な事をしてるのね」
「生産的な事なんて、した例がねぇよ」
「そうでしょうね」

笑いながらそう言う。薄い青に彩られた足の爪、その先に伸びる足。 それ以上は見ないよう又、雑踏に視線を移す。あと少し、数ミリでもが側に近づいたら立ち上がろう。男女の領域に踏み込むのは御免だ。今更。 この温い関係は案外気に入っているから、一時の快楽に任せ壊すべき関係ではないと思う。 いざ手を出そうとすれば、これまで自分がしてきた事が走馬灯のように思い返され、 身動きが取れなくなっただけだ。これだけの事を仕出かしているというのに、いざに同じ事をされたらどうなってしまうのだろう。 彼女が見知らぬ男に涙を見せ、愛を語り合ったならば。 そんな泥沼に足を突っ込んでしまったエースの隣、は購入したベーグルを差し出している。ほんのりと甘い香りが漂った。


2010/1/28(自業自得・・・)
模倣坂心中