届かぬ焔は夜に現れる

「……あんた、何やってんの?」
「おいおい、中将に向かってあんたはねぇだろ」
「いやいや、ばれてるから。何が中将よ」
「……お前に会いに来たんだ―――――」
「嘘つけ!」

思わず感情に流されれば の大声を聞き付けた部下達がどうされましたか、 なんて聞いてくるわけだ。どうも、何もしていないと叫び、目の前の男を部屋へ追いやった。 いかんいかん、頭が非常に混乱している。何これ。

「あんたねぇ!自分の立場分かってんの!?」
「久々に会ったってぇのに、気の強さは相変わらずだな、お前」
「あんたの空気を読めない感じも相変わらずだと思うけど」

内側からしっかりと鍵をかけ、カーテンを閉める。もう最悪だ。 考えうる限り最も最悪な展開だ。そもそも、どうしてこの男、中将の制服を着ているの?

「会いに来るにしても、呼び出すなり何なり、他にもやり方はあったでしょう!?」
「突然会いたくなったんだ、仕方ねぇさ」
「何が仕方ない、よ!あんた、ばれたらどうなるか位、分かってるでしょう!?」
「そうガミガミ言うなよ 、久方ぶりの再会だってのに」

目前の男、エースは何の悪びれもなしにそう言い両腕を広げる。 ハグなんかしないわよと素通りし、頭を抱える。 この状態を誰かに見つかればどうなるか。考えたくもない。

「あんたねぇ、あたしの立場、分かってるの?」
「スパイだろ?」
「分かっててやるなんて、本当に質の悪い男ね」
「それにしても長ぇ間、やってるな」
「おかげさまで中将よ……何かもう、後戻り出来ない感じ?」
「どうすんだよ、お前」

とエースが初めて出会った時、彼女は既に大佐だった。


海軍に追い回されているエースは、突如群れから姿を消した彼女を追う。 エースが出現し、現場が混乱に見舞われ、 これ幸いにと通信をとる為に姿を隠した は、入り組んだ路上の奥でエースと鉢合わせする。 会話の内容を見事に聞かれてしまったらしい。しまったと思い、 口封じをと考えた所で場所も悪いし相手も悪い。 幾数年かけ、海軍に潜入したというのにこんな結末はあんまりだ。 油断大敵とはまさにこの事―――――

「親父の言ってた通りだ」
「親父?」
「本当にいるんだねぇ、スパ」

イ。が出る前に慌てて口を塞ぐ。壁に耳あり障子に目ありだ。二度も似たような真似は出来ない。

「あんた……分かってるわよね?」
「何がだ?」
「この事は他言無用、少しでも口を滑らせたら―――――」

どうするというのか。

「何も悪い様にはしねぇよ。只、一目見たくてね」
「……」
「しっかし、生まれてこの方、初めて見たぜ。ス」
「何回、同じ事を言わせんのよあんた!」

スパイと言いかけたエースの頭を強めに叩いた は自身の声の大きさに気づき、 やってしまったと頭を抱えた。


「それにしても、あんたなんかに侵入を許すなんて、本当に間抜けしかいないわね」
「そりゃ違いねぇ」
「ここまで来たんなら仕方ないわ、夜になるまでここにいなさいよ」
「……そりゃ、もしかして―――――」
「誘ってませんから」
「そいつは残念だ」

こんな真っ昼間よりも、辺りが暗くなった方が幾ばくかの油断が出来るだろう。 エースが捕まるような事はないと思うが、こちらの安全を考えた場合、 最善の策を寝る必要があっただけだ。

「なぁ、いつになったら辞めるんだよ、海軍」
「えぇ?」
「待ってるんだけどねぇ、俺は」

背に正義と書かれた制服の下には白ひげ海賊団のマークが隠れている。 この印を死ぬまで胸に刻み込み、これから先も生きていくだけだ。 戻ったとしても、あんたの下にはつかないわよと答えれば、エースが大きな声で笑った。


2010/2/18(扉画シリーズ)
模倣坂心中