そんな風に 嘘ぶいて

愛ならこの嘘に。

どうしようもないだとか、仕方がないだとか。そういった類の言葉が飛び交う間柄だ。 一人の人間相手に一喜一憂し、その全てを欲しがる気持ちが純粋ではないと知っていた。 自分以外の誰かを求め見つめている女を追いかける行為が こんなにも不愉快な快楽をもたらすとは思いもよらず、 只々気持ちのよさを追求できる現状に笑みさえ零す。 は(恐らくだが)これまでもこれからもマルコを求め生きる。 マルコはマルコで、そんなの気持ちを知り、それでも現状維持を選んだ。 彼から見るに、をそういった対象としてセレクトするには問題が多かったのだろう。 均衡を保つ事が容易ではなくなる。ある程度の力を持てば心とは関係なく、 立場を選ぶ場面にぶつかるのだ。酷く危うい関係をギリギリの力で保つ二人を目の当たりにし、 これが大人ってヤツなのかねぇ、等と他愛もない口を利いていた。 そういえば幾度か、エースは直接マルコに問うた事がある。 なぁ、どうしてあの女をモノにしねぇんだ?あんなにいい女を。 そう聞けば厄介事に首を突っ込むなと言いたげなマルコは、 そんなに簡単な事じゃあねぇんだよぃと呟き、溜息を吐き出す。 視線の先を追えばの姿が見えた。例えばその関係が純粋な愛と呼べるものだったとして、 果たして何が残るのかという話だ。そうして、 そんな疑問を抱くエースに純粋な愛とやらは決して掴めない。 即物的な人間だからと自重する。欲しいものは手に入れないと気がすまないし、 まさか手に出来ないだなんて思いもしない。だから、にも手を伸ばした。 思惑が透けていたらしく、彼女はエースを目にし、僅かに笑った。まず手の内を曝け出し、 全身全霊で自身を贈呈する。当初こそは真に受けなかったが、 同じ事を繰り返せば惰性とは又違い、真摯さの皮を被る。自らの思いが純粋なものだとは、 少しでも思ってはいなかった。


の腕がマルコを追い、遅れたように声が聞こえる。 感情の防波堤が崩れ落ち、美しい愛とやらの崩壊が始まったのかと思えば、 彼女の声が嫌に震えており、正直なところ酷く気が滅入った。 聞き耳をたてるつもりはなかったが、あんな場所で話し合っている二人が悪いのだ。 先客は自分だったから。もう観念して、あの細い身体を抱き締めてやれよと思いながら行く先を見守る。 普段通り余り表情の変わる事がないマルコは、手持ち無沙汰な両腕を使う事無く、純粋な愛を貫いた。 これは何が起こっても変わる事がない、この純粋な愛は形を変えない。決して。 図らずともそんな事実に気づいてしまい、それからは遠慮もなくなった。 に対しても、マルコに対してもだ。まるで宣戦布告に似たエースの行動に対し、 マルコは口を出さなかった。良いとも悪いとも言わなかった。 強引に距離を縮めるエースをは意図的に避けていたが、その辺りの駆け引きはしつこい方が勝つ。 結局根負けしたのはの方だった。俺はお前が好きだから、俺はお前を愛しているから。 誰よりも、他の誰よりも俺は。エースの言葉を鵜呑みにこそせずとも、 疲れたの心に入り込む事は容易だった。抗えない感情を力任せに押しやり、 少しだけ強引に関係を結ぶ。一度、越えてしまえば終われなくなる。 気持ちが通じないまま、興味や昂揚を求めていると勘違いをしていた。 が涙を流す理由は未だ変わらず、彼女の求めているものも依然変わらず、 単に愚かな戯れを繰り返しているだけだ。 それでももう引く事は出来ない。何故なら――――― 口付ける度にこの女の身体ばかりがここにあると思い、 下らないと感じていた純粋な愛とやらの気配を感じる。 自分自身、そうしてが愚かだと知っていた。 マルコは自身の犯した罪に気づいているのだろうか。今更ながらこちらは気づいている。

「…それでも、お前と一緒にいてぇんだ、俺は」
「…何?」
「いや」

何でもないと返し、ふと吐き出した言葉の純粋さを恥じた。


2010/3/1(後味悪すぎだろ)
模倣坂心中