さっさと帰りなよ

あるいは墨に染む

目の下でゆらめく紫煙を見つめている。 頬杖をついたは肩に回されたエースの腕に気づかない振りをし、 くだを巻いた彼の言葉を聞き流していた。 真に受ければ馬鹿を見るし、聞いていなければ厄介な事になる。 エースの言葉はまるで的を得ていない。 の欲しい言葉なんて一欠けらもくれはしない有様だ。 酒を片手に口先だけで口説くエースの眼差しは緩んでいるし、 耳側で囁く熱い吐息にも実際問題飽きている。 それなのに相も変わらず、どうして自分は同じ事を繰り返しているのだろう。 どうせ今日も、このまま酒に飲まれたエースに連れられ小部屋へ向かい、 淫らな空間に放り出され、唾液の交換から体液の交換までを一つも間違う事無く続ける。 儀式と呼ぶには余りに怠惰過ぎるし、ゲームと呼ぶには面白味が足りない。 結局のところ何を言いたいのかが明白でないエースの言葉を信じ、 傷を負っていたのも昔の話。 傷を重ねれば何れ瘡蓋が出来、内部は膿んだまま表面ばかりが硬さを増す。 大きな身体を晒したまま無防備に眠るエースを眺めながら、 毎夜の如く溜息を吐き出しているのだ。そんな事も、エースは知らない。


「…で、だ」
「ふうん」
「こんな俺とは、さっさと縁を切った方がいいぜ。
「そう?」
「俺はお前の幸せだけを祈ってる」
「へぇ」


馬鹿にしているのか、それとも本気でそう呟いているのか。 何れにしても信用出来る道理がない。 あんたが祈ってるのはあんたの幸せでしょうと、喉元まででかけたが飲み込んだ。 きっとそれは自分も同じだと思ったから。 肩に回されたエースの腕、空気を弄んでいた指先が胸元に滑り込んだ。 こんな所でやめてよエース。 眉間に皺を寄せそう言えども、口先だけで分かったと答えるエースは止めるつもりがない。 ブラの下に滑り込み、何をするわけでもなく冷えた指先を暖める。


「なぁ、。やりたくなっちまった」
「知ってる」
「出ようぜ」


頬に口付けられる。目を閉じる。開けた。 こうして今日も同じ道筋を辿るのだ。 珍しく会計を済ませているエースを見ながら、 そんな男でも愛しているから仕方がないと、まるで昔の映画に出てくるようなクサイ台詞を呟いた。


2010/4/04(下品だとは思ってます)
模倣坂心中