いつの日か うそが本当に

永久に君を騙し通す覚悟を証明に

眠りにも飽き、ごく自然に目が開いた。 それでも身体はやけにだるく、起き上がる気は微塵もない。 背を向けた方向にはもう何もないからだ。 それだけは理解出来ており、だから目覚めないのだと、まあそれを理由とするのは難しいと思った。 同じ船に乗り込み、存在は知っていたが名前も知らなかった女。 隊も違い、時折食堂で顔を合わせる程度の認識だった。 日ごろつるむ面子も違い、時折マルコと話をしている場面を遠目に確認した事はある。 別に気になる要素はなく、元々タイプの女でもなかった為、歯牙にもかけなかった。 体躯の小さな彼女は、どうやら皆に好かれているようで、 冗談交じりに馬鹿にされ、そうして皆が笑う。そんな、酷く幸せそうな光景だ。 正直、生き方が違う女だと感じた。交じり合う事はないと。 そんな彼女の名を知ったのは、つい先日の事だ。 ティーチを追う為、船から離れたエースは僻地で件の彼女と出くわした。 船にいた時とはまったく違う、下卑た出で立ちの彼女は数人の男を連れ、酒場に入って来た。 奥のカウンター席に座っていたエースは、どうやら彼女の死角になっていたらしい。 声をかけるのもどうかと思い、何となくそのままにしていれば、男達の素性が分かり始める。海軍。 グラスに向かった手が止まった。 確かにこれまでも海軍のスパイが船に入り込んだ事はあったが、何れも素性がばれ、 即刻処刑されていた。エースよりも長い期間、あの船に乗っていた彼女がスパイだとは少しも思わず、 恐らく未だにばれていない。親父に対する裏切り。 すぐに血の上る自身を知っていたが、まだ会話は続いている。 いや、会話ではないのかも知れない。彼女は一言も喋っていない。 ここで討ち取ってもよかったが、もう少し様子を伺おうとした瞬間だ。 背に突き刺さるような視線を感じる。振り返る事は出来なかった。









「…よぉ」
「酒場からずっと付けてたでしょう、エース」
「俺ァ、あんたの名前も知らねぇんだ。悪ィな」
「処刑でもするつもりなの?」
「まったく、大したモンだよお前は。すっかり騙されてた」
「人聞きの悪い事、言うのね」
「俺も、俺以外の誰も」


みんな。酒場を出た彼女は波止場へ向かった。人通りのない、薄暗い場所だ。 ずっと付けていれば、妙な音が聞こえ、足早にそちらへ向かう。 目にしたのは血まみれで転がる先ほどの男達と、こちらを見据えた彼女の姿だった。 状況を把握しようと試みるがすぐに止めた。


「そいつら、お前の仲間じゃねぇのかい」
「どうして?あたしの仲間はあんたでしょう」
「海軍なんだろ、お前」
よ。あたしの名前は 。五番隊隊員じゃない」
「話を、してくれねぇか」


そうじゃなきゃあ俺ァお前を殺しちまう。 無理に笑ったが、ちゃんと笑顔は造れていただろうか。いや、この暗さだ。判別は出来ないか。 場所を変えましょうと囁くように は言い、エースの手を取った。 血にでも塗れているのだろう。彼女の掌は濡れていた。









古いレストランの二階が宿になった、宿代の安い部屋に二人はいる。 明かりに照らされれば返り血を浴びた の姿が浮かび上がり、余りにぞっとしないと思った。 船上で見かけていた姿より、よっぽど興味をそそられ、 手を出したくなった理由は守られていないからだ。誰からも守られ、誰からも愛され。 そんな様子が受け入れきれなかっただけに過ぎない。それが今はどうだ。 自身以外の全てを騙し続けているこの女の命は、自分が握っている。 の口からはまだ白ひげの話は出ていない。 どうだろう。手を出す前か後か。どちらがいいのだろう。 スプリングの死んだベッドに腰掛け、彼女を見つめた。


「どっちだと思う?あたしは」
「そりゃあ、俺が聞きてェな。お前、どっちのスパイなんだ?」


が前触れもなく服を脱いだ。柔らかな素材の布がストンと床に落ち、細い背が露になる。 そこを彩る白ひげ海賊団のマーク。あんたも脱げば。 の言葉が唐突に振って来た。受け止める間もなく床に落ちる。 元々裸に近い状態だ。彼女のイメージは完璧に崩れ、目前にいるのは只の女になった。 身体を消費し、欲望を消化する為だけにきっと存在する。


「親父は知ってるのよ」
「何を」
「あたしが海軍のスパイだって事」
「…」
「あたしが忘れちゃったのよね」


はそう言い、エースに跨る。額に軽く口付け、そのままベッドへ倒した。 誰とだってやれるでしょう、別に愛だとか恋だとか、そんなものを理由にしなくてもいいでしょう、 あんたは。そう言っているようで、まあ反論も出来ず、仕掛けられた罠には潔く嵌る。 ようやく名を知った女の素性を知り、そうして絡む。詰まらない真似だ。 だから、何も考えずに腕を伸ばした。事後の後悔くらいは想像出来ていた。


2010/4/12(何か続きありそうだよね)
模倣坂心中