出口は入り口だ
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透明な破片の残骸
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先ほどから溜息ばかりを吐き出すの頭の中は透けている。
船に戻ればに呼び出され、又かと思い、
そのままの部屋から逆の方へ向かっていればマルコに見つかり、強制連行された。
面倒なんだよ。心の底からそう言えば、面倒を起こしているのはお前だろぃと返され、まあ返す言葉もない。
そんな事は分かっているのだ。分かっているからこそ面倒だと感じる。
誰かのいう事を聞いた例がないから、返事よりも先に口が出てしまう。色んな言葉が出てしまう。
別にいいじゃねぇか、あんたにゃ何一つ迷惑はかけてねぇわけだし、責任は俺がとる。
エースがそう言った時、は無言のまま強めの平手を喰らわせた。
面食らったエースが食ってかかれば、あんなに小さな体躯の癖に尋常ではないほどの声で怒鳴りつける。
続けて上から押さえつけるような強い力に襲われ、思わず膝をついた。
の怒鳴り声に驚いた皆が何だ何だと集まれば、
全身から覇気を出したがエースを説教している姿が目に入り、皆、一様に苦笑だ。
マルコがぽつりと、又やってるよぃ、そう呟いた。
「…言いてぇ事があるんなら、さっさと言ってくれよ」
「…」
「俺だって暇じゃねぇんだ」
少しだけ苛立ってしまった。
余計な一言だとは思ったが、発してしまった以上、取り返しはつかない。
の視線が止まった。
「あんた、死ぬつもりだったでしょう」
「あ?」
「いや、違うか」
「何言って―――――」
「死んでもいいって思ってたでしょう」
海に出て、海賊になり、名をあげ新世界へ進出した。
スペード海賊団の名を広め、そうして今はここにいる。親父の息子として。
力を求め、仲間を求め、決して抗う事の出来ないものに対する苛立ちを隠し、
これまで得る事の出来なかった安堵のようなものを手にした。
明確に言い表せないのは確信が持てないからだ。
こんな俺の命なんて別にどうでもいいじゃねぇか、
こんな俺の命で賄えるんなら、俺ァ幾らでも差し出してやるぜ。
「冗談じゃないのよ、命を粗末にするヤツと一緒に戦うなんてね」
「…」
「命を賭けるなんてのは、もっと強い奴らの遊びよ。あんたみたいに弱い坊やが賭けるなんて、図々しいにも程があるわ」
「何―――――」
「仲間の命を、自分の気持ちよさの為に利用するんじゃないわよ」
夕日が室内を照らし、目の前が真っ赤に染まったように思う。
気づけばに首を掴まれたまま空を仰いでいたし、
はマルコにより羽交い絞めにされていた。
唇の端が切れているところを見れば、恐らく自分はを殴ったのだろう。
まったく、俺ァ一体何をやってんだかね。
の発する言葉一つ一つに過剰反応している時点で、図星なのだ。
そうそう、お前の言ってる事ァ全部あたってるよ。俺は俺が要らねぇ、だから。
だったら誰かが俺を必要としてくれなきゃ駄目じゃねぇか。
「何をやってんだよぃ、」
「離してよ、マルコ」
「みっともねぇ」
だから図星をつくが嫌いで、こんな俺を見透かすあの女が嫌いで。
皆が後生大事にする命の価値なんて未だ見いだせなくて。
奥歯をかみ締め、今にも泣き出しそうなの顔を見つめていれば、
眉間に深い皺を刻んだ彼女が視線を逸らした。
何故だかこちらも涙が零れそうで、腕で顔を隠す。
何をやってやがんだよぃ。溜息交じりの、呆れたようなマルコの声が響いた。
自室で不貞腐れているエースの元にマルコが訪れたのは夜半過ぎの事だった。
いよぉ、と何の気なしに顔を見せ、食堂から頂戴したらしい酒を勧める。
の様子を伺おうと思ったが止めた。どういう言葉を選べばいいのかが分からなかった。
差し出された酒は透明ながら青みがかり、舌先が痺れるような苦味があった。
「…はな」
「…」
彼女も以前は違う海賊団で船長を名乗っていたらしい。
新世界に入り、ある程度の力を持ち、目的こそはっきりと分からないが、順調に船は前進していた。
そんな折、とある海賊との本戦が始まり、最終的に負けた。
彼女一人を残し団は壊滅、沈み行く船の上で呆然と座り込み涙を零すを助けたのはマルコだ。
戦いの噂を聞き、傍観していたマルコは彼女を見捨てる事が出来なかった。
その、自身の判断が正しかったかどうかは未だに分からないまでもだ。
仕切りに死にたがっていた彼女は自身を責めた。理想論で仲間を死なせたと悔やんだ。
「あいつはもう、誰一人として死なせたくねぇんだよぃ」
「…」
「例えそれが、あいつの我侭だとしてもな」
まァ俺は死なねぇがと続けたマルコは、酒がなくなったと呟き、立ち上がる。
部屋を出て行く直前に、は。短くそう問えば、
自分で確かめろぃと、振り向きもせずに言うものだから、ハンモックに又寝転がる。
2010/4/27(何だか説教くさい話だぜ)
模倣坂心中
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