つきたくてつかない嘘

エスプレッソの底で溶けない砂糖

年中雨が降り続く嫌な国だった。晴れ間の覗く日は数える程しかなく、 街中に水路がうねる光景はちょっとした名物になっている。 そんなに珍しい国があるのかと思い、何気に足を伸ばしてみれば想像以上に小さな国で驚く。 他国からの移民は一人としておらず、その国に昔から住んでいる絶対数の少ない民族が手厚く迎えてくれた。 観光が一番の産業となっているらしい。確かに物珍しく美しい国ではあったが、 元々そんなに風流な人間ではない。だから三日ほどで飽きるだろうと踏んではいた。


「しっかし、見事に毎度雨ばっかだ」
「そりゃそうよ、ここはそういう国だもの」
「こんなに雨が続きゃ、気も滅入らねぇか?」
「だからこの国は移民を受け入れてないのね」
「あ?」
「この国の人達は雨続きでも気が滅入らないって」


二日目にして気が滅入りかけたエースは、ホテルのロビーで一人、 コーヒーを飲んでいる女を見かけた。大体が連れと旅行に来ている人々の中、 一人で座っている女は目立った。という事は、 一人で歩いているエースも目立っているのだろう。旅先の女は解放的になっているともいうし、 こちらは十二分に気が滅入っている。だから、必要性に駆られて声をかけた、という事にしておこう。


「昨日もここであんたに会ったが、やっぱり今日も雨だな」
「そりゃそうよ」
「あんた、観光目的じゃないでしょ」
「どうして」
「情緒を楽しむ男には見えないもの」
「酷ぇ言い方だな、俺だって情緒くれぇ楽しむさ」
「そうかしら」


女はと言い、来国の目的は観光ではないと言っていた。


「なぁ、。お前は何をしにここに来たんだい」
「あたしは仕事で来たのよ」
「何の」
「会って二日目の男に教えると思うの?」
「って事は、政府関係者か、軍関係者かい」
「…何?」
「俺の、経験上じゃあその二つで大概ビンゴだ」


が目でエースを伺う。こんなに小さな、 そうして天候の悪い国で仕事をするだなんて限られるし、口の堅い女の仕事も限られる。


「…あと一つ、あるんじゃないの?」
「うん?」
「海賊」


きれいに揃えられた足は緩まないし、 その先を彩る形のいいヒールは支給された粗悪品ではないだろう。 口角の上がった彼女の唇は零れ落ちそうなほどグロッシーな赤に彩られている。カップには少しも色移りしていない。


「あら、いけない。約束の時間だわ」
「もう、『仕事』に行くのかい、
「あんたは?」
「俺ァ、もう少しここにいる」
「ここにいたって止まないわ、今日も一日雨よ」


伝票を手に取ったはそう呟き、振り返らずに立ち去る。 まあ、昨日と同じ光景だ。降り続く雨をバックに。


「なァ!」


彼女が足を止める。


「明日もここに来ていいかい、
「大人しくしてたらね、ポートガス」


告げてもいない姓を口ずさんだ彼女を後姿を見送り、やはり喰えない女だと一人、笑った。

2010/5/12(命令がなければ動かない女)

模倣坂心中