今のオレに言える事は

輝石の塵

晴れた日にはちっとも顔を見せないと呟いたに他意はないだろう。 ドアを開けたまま、中に入れと促すわけでもなくじっとこちらを見つめている。 エースはエースで、久しぶりの一言でもなしに黙って部屋へ入る。 見慣れた室内を見渡し、変化を探すが間が開きすぎている為、正直、以前の状態など覚えていない。 いつだって大概なヤツだと、流石に思った。 の住むこの部屋は酷く日当たりが悪い。 後から建てられた様々な建築物の陰になり、すっかり身を潜めてしまった。 まあ、で明るい間は眠っている人種だから、特に問題はないらしい。 むしろ眠りやすくなったと笑っていた。


「ここ一年ほど来てなかった癖に、何なのよ」
「そうだっけか」
「元々、居つく男だとは思ってなかったけど」
「まぁ、俺の居場所は他にもあるからねぇ」
「だったら何で来たのよ」


真実を探りに。だなんて言ったら大袈裟すぎるだろうか。 自分でも、そこまで大それた真似をするつもりはない。 どうしてここに、の元に来たのか。彼女に告げず、身体だけ近づける。 やれやれと言わんばかりに眼差しを歪めたは、顔だけを背けた。


「久々だってのに、連れねぇな」
「久々だから、連れないのよ」
「いじけてんのかい、
「…」


ぎゅっと抱き締め、彼女の肩に顔を埋めた。柔らかい香りに混じった香水の匂い。 の二面性を彷彿とさせる瞬間だ。 そうして、エースがこれに耐え切れず逃げ出した事実を、彼女は知らない。 まあ、エースにしてもそんな部分を彼女に知らせるつもりはない。 久方振りに抱き締めた彼女の身体は特に変わらず、 どうやら気持ち一つが変わってしまったのだろうと予想した。 それは、果たしてどちらの。


「あんた、あたしを軽蔑したんでしょう?エース」
「…何?」
「だから、長い間顔を見せなかったのよ」
「そりゃ、一体―――――」


が男と消えていく様を見つめていた。あの時の光景を思い出す。 まるで知らなかったように振る舞い、一人前に傷ついたものの、 との出会い自体が似たようなものだったわけで、 傷つく立場ではないと、そんな事は分かっていた。 あの夜、延びていく二つの影ばかりを見つめていた。 二つの影が消えるまで見つめ、気が狂うほどの激情に身を委ねる。 そう。たった一つだけは勘違いをしているのだ。 軽蔑なんてしてはいない。 あの時、あの激情を抱いたまま仮にと遭遇してしまえば、恐らく彼女を殺してしまう。 そう思った。身を焦がす激情と共に、 この両の手から放たれる炎と共にさえ焦がす。 そんな予感が身を蝕み、後悔なんてこれ以上していられるかと思い無理矢理に離れた。


「だったら、俺ァここにゃいねぇだろ」
「…そうなのよ」


だからわけが分からないのだと続けたは、少しだけ身をエースに委ねた。 溜息ばかりが渦巻くこの部屋は相変わらず暗く、何一つ変わっていないように思える。 もう一度信じてみたいというこの気持ちは余りに儚く、それでも願ってしまっただけだ。 の唇がエースの腕に触れた。ふと視線を上げれば二つの影が薄く延び、形だけを増していた。

2010/6/2(久々エース)

模倣坂心中