楽しそうな日々は流れる

琥珀蜻蛉の飛翔

肩に担がれたまま果てない大海原を見つめている。 この状態で三十分ほど経過するのだろうか、だなんて曖昧な時間間隔に揺られ、現状を把握する術を手放した。 これは拉致に近いのだろうか、もしかしたら自分は拉致されているのではないのか。 そうは思えども、自身の状況よりも計画が台無しになった事の方が重要で、どうしようか、 そんな事を考えている。大きな海風に拭かれ、ベールが飛んでいった。


「あ、飛んでった」
「取りに行くかい?
「いや、いいわ。別に」


真っ青な海に白いウェディングドレスは栄えているだろう。 デザイナーズブランドのフルオーダーメイド。あの男は金をかけてくれた。 式場は一級品、来客の数も目を見張るほど。 海軍のお偉方の名がズラリと並ぶ席順を見た瞬間、こいつは逃げられないと薄っすらながら思った。 逃げられないのならば仕方がない。まぁ、経験として結婚の一つでもしておくかと腹を括り、 誠実な愛情を示す目前の男を愛しているのかと自答する。 海軍内部の情報を掴む為に潜入をしたものの、まさかここまでとんとん拍子に事が進むとは思わず、 勢いに乗り昇進、そうして同海軍内で恋人のようなものも出来、挙句にゴールイン。 素晴らしい経歴だとは思ったが、よくよく考えればこちらは海賊なわけで、折り合いはつかない。


「あんた、どうするのよ。こんな真似して」
「どうもこうも、逃げも隠れもしねぇさ」
「親父に怒られるわよ」
「親父は、知ってる」
「えぇ?」
「マルコも、サッチも。みんな知ってる」
「えぇー?」


『俺の可愛い娘が海軍の嫁になるくれぇなら、連れ戻して来い』白ひげはそう言い、 他も同意見だったとエースが言えば、更に戻り辛い気持ちは膨れ上がる。 勝手な真似をしたと怒られるのだろうか。いや、しかし。そんな。 仕方がないじゃない。元々、こういった潜入行為を行っていた一族だと知っていたはずではないか。 父親も母親も、同じような事をしていた。 というか母親は他の海賊団から白ひげ海賊団に潜入しており、後にそれが発覚。 失敗し逃げた後、依頼主の方から命を狙われ、 最終的に自らの命と引き換えとしてを守ってくれと親父に頼み込んだ(らしい)


「可哀想に、あの男。ぽかんとしてたわ」
「可哀想なんかじゃねぇ」
「トラウマものだと思うけど」
「あんな姿見せられて、俺の方がよっぽど可哀想だぜ」


誓いの口付けをする直前に身体が炎に包まれたわけで、燃えてしまうと驚いた分、 八百長臭さはなかったはずだ。あれには本当に驚いた。


「…ねぇ、親父、怒ってる?」
「さぁな」
「えぇー」
「それよか、俺の機嫌を伺え」


辺り一面大海原、まったくここにはとエースしか存在していない。 船に戻る僅かな隙間に生じた、エースの表情を思い出す。 まるで青天の霹靂とでも言いたげな驚いた顔。 大きな水飛沫が淡い虹を作り、すぐに消える。所々焦げたウェディングドレスが光に反射した。

2010/6/19(ひっさびさに明るい話)

模倣坂心中