こんな僕らを誰も知らない

タイムマシンの壊し方

あんたはあたしを置いていくのよと、何の前触れもなくは言う。 大体が前触れもなく、悪びれもない。まん丸な眼を向け、笑いもせずにそう言う。 洗濯物を干しながらの会話は何となく気に入っている。 入道雲と青空、カモメ。ぎゃあぎゃあとうるさいクルー達。 何一つ変わらない日常の繰り返しだ。 甲板に座り込み、ナイフの手入れをしながら洗濯物を干すを見上げている。 太陽に照らされる彼女は美しい。この両目がそう思うのだから、 客観的に見てもそうなんだろうと思う。 だから、こんなにも清々しい日に何て話をしてくれてるんだと笑えば、 笑い事ではないのだと怒られるもので、少しだけ面倒くさくなった。 まあ、ほんの少し。少しだけ。


「置いて行っちまったら、お前は泣くだろ?」
「何よ、それ」
「俺がお前を泣かせるわけが―――――」
「わけが?」
「あるな。悪ぃ悪ぃ、大いにあるな」
「ですよねー?」


乾いた音が響き、皺一つないシーツが風に靡いた。 いい天気ねとが呟き、そうだなとエースが答える。 先ほどの、酷く重要な質疑は風に吹き飛ばされたのだろうか。 の心は透けているが掴めない。それでも、彼女の欲しい言葉は分かる。 きっと、嘘を吐けと言っているのだ。お前を置いてはいかないと。 たった、それだけの、悲しい、嘘を。


「だったら、一緒にいなくなりたいわ。あたし」
「そりゃあ、どうかねェ」
「何でよ」
「他のみんなに殺されるんじゃねェか?俺が」
「何度も殺されかけてるじゃない」
「お前のせいでな」
「いや、あんたのせいでしょ」
「ですよねー?」


そんな先の事を恐れるくらいなら、一緒に未来なんて壊しちまおうかと言いかけたが止めた。 無駄な希望は抱かせない方がいい。そんな責任は取れない。悲しいけれど。 ふと、立場が逆転した時の事を考えたが、 気が狂いそうになるほどの苦しみを味わうのだろうと気づいてしまった。 思わずの顔を見つめれば、どうしたのよと微笑むもので、居た堪れなく。 心が悲鳴をあげる前に抱き締めた。



2010/8/25(事件前)

模倣坂心中