目が覚める前にもう離ればなれさ

汚れ役はどこにだって必要なんだよ

辺りに舞う砂埃を横目に、拘束されるエースを目視していた。 目にした瞬間、激しい吐き気が襲ったが、そんなものに振り回されている場合ではない。 視界に入るのは、蟻の群れのように群がる海軍の兵士と、大将達の姿。 そうして、七武海の姿だ。ドフラミンゴの姿を目にし、ここが最終局面なのだと思った。 隣に立っていたマルコは、軽く肩に手を置き、何も言わなかった。 ここが全ての終わる場所だ。でも、終わらせるのはあいつらじゃない。 だからといって、自分自身がドフラミンゴの言う通りの間抜けな女でない事だけは確かだ。 もう何からも逃げない。お前たちが言う、刹那な人生とやらからも、絶対に逃げないと決めた。 それにしても、あのエースの有様はどうだ。悲しみに包まれ、今にも沈みゆきそうだ。 どうしてそんなに、酷い事が出来るの。


「白ひげ海賊団だ!!」


当初の予定通りマルコが飛び立ち、奴らの視線を集める。 そう。全てはエースを救出する為だけにだ。 これまでずっと一人でいたが、もう一人ではない。 この仲間達と共に、同じ目的を達成する。 の姿を目にし、口を開き名を叫ばれる前に殺す。 兎に角、出来うる限りの海兵を殺す。エースの凱旋を斡旋するのが仕事だ。 誰かの為に生きる。こんな、クソみたいな自分自身でなく、皆が望む誰かの為に―――――


「お楽しみじゃねェか、
「あら、おひさしぶり」
「この俺も忙しいんでな、あまり相手は出来ねェぜ」
「邪魔よ、ドフラミンゴ。そこはあたしの道。あんたの道じゃないのよ」


もし、ここで死んだとしても特に構いはしなかった。 これだけの数の敵と対峙した事はなかったし、それなりの腕を持った奴らもいるだろう。 詰まらない人生の盛大な終わらせ方だ。そうしたら、この耐え難い痛みとおさらば出来る。 最も楽な逃げ方。だから、その道は選ばなかった。あえて。 痛みと向き合い、自身の手で終わらせる。新しく生き直す為に。


「あんた、あたしに勝てると思うの」
「フフ!そいつァ、随分な物言いだ!イカレ女がどうしやがった!急に活き活きと楽しそうに!」


一際、大きな爆発音が響き、視界が曇った。気を抜いてしまったのだ。 その刹那、背後にドフラミンゴの気配。全身の毛が総立つ感触。 足早に近寄る死の気配。死神の―――――


「お前の賞金は、娘思いの母親が賭けてる。法外な金額の半分以上をな。亡骸をそのまま持って来いって条件だ。よかったな、。愛された子供で」
「―――――!!」


この男はここにいて、それでもここにいない。 ここにいる理由こそあれど、目的はここ以外の場所にある。 今、目に見えるものは既に過去になり、未来しか見据えていない。 だから、ドフラミンゴはあまり相手に出来ないと言ったのだ。 海軍側から掲示された条件など、この男には関係がない。 だから、この男はこうしてあたしの前に立ち塞がる。 生かさず殺さず、中途半端な立ち位置でぬるま湯に浸かる。 ここにきて、ようやく理解が出来た。そういう事か。 お前は、最初から、お前の目論見なんかじゃなく、只―――――


「…マルコ…」


小さく呟いた叫びは、当然ながら彼には届かず、 近づく地面を見ながら、地獄はこんなところではないのだと知った。


2011/11/28(すげえ。一年以上間を置いてからの更新)
模倣坂心中 /pict by水没少女