Please Don't Leave Me

この手を離して、そして

今更そんな事を言ってもどうしようもないじゃないと、は言うし、 そんな事を言われてしまえば、流石のエースも二の句を告げられなくなる。 それでもどうにか心を隠そうと腕を伸ばし、背後から彼女を抱き締めても同じ事だ。 とっくに心なんて見透かされている。はエースの気持ちを知っている。 その気があるのかないのか、その辺りははっきりとしないものの、 ふと口をついた言葉がエースの心を突いたとしても恨む事はない。 そんな次元はとっくに過ぎてしまった。 だからエースは何も言わず只、それとなく俯き、微かに笑むわけだ。 俺達は二人でいたってあたたまらねェな。俺は、炎なのに。 俺の炎はお前をまったく燃やせやしねェ。お前の心は絶対零度だねェ。 何てぼやきを幾度耳にした事だろう。 この男に燃やせないものがあるなんて、思いもしなかったが、 どうやらそれは自分自身だったらしい。何だか笑えた。 エースはこちらを燃やそうと身構え、そうしてはエースの炎を鎮火させようと身構える。 互いの思惑が一致しないのだ。あんたは、あたしがどれだけ涙を零しても、まるで厭わない。 あんたの炎はまったく消えないのね。決して、交わる事はないのだと知っていた。 最初はどうか分からなかったが、途中から薄々、互いに気づいていたはずだ。 このまま先に進んでも、望む未来は掴めない。堕ちていくだけだ。どこに。 それはまだ分からない。思い記憶を背負う事になるだろうか。それは、恐らく、決定事項だ。


「…行くの?エース」
「あぁ」
「雨が降ってるわよ」
「そうだな」
「止んでからにしたら」


その雨は、あんたの力を少なからず奪うでしょうと呟けば、お前ほどじゃねェんだと返され、 ああ、やはりこの男は二度と戻らないのだと知る。この船の誰も知らない。 とエースの関係は誰一人知る由もない。だから、こんな別れが知れる事はないし、 誰かと分かち合う事も出来ない。甲板に立ったエースの背は美しかった。 これが見納めになるのは至極惜しいと、このままその背に抱きつき、 行かないでと縋りたいと願うほどには美しかった。それでもやはり、 仕方がない事だとは笑い、エースも笑う。何かあればすぐに駆けつけてあげるわと言った彼女の目に、 自分の姿はどう映っていたのだろうか。仲間だろうか。



2012/2/11(おひさしぶりです)

模倣坂心中