人生は私にとって意味がない

水槽で殺した人魚の骨

お前に触れたくて触れたくて、たったそれだけの欲望に振り回されてこんな真似までしちまったのだと、悪びれもせずエースは笑う。自分の好きな時にだけ近づいてくるのは今に始まった悪癖でない。


「…これ、あんたがやったの?」
「あぁ」
「まったく…」



辺り一面血の海だ。辛うじて生きてはいるが、息も絶え絶えというところか。



「何のつもりよ、エース」
「そいつは俺の台詞だぜ、
「…」
「この俺をここまで振り回しといて、どういうつもりだい」
「どうもこうも…」



仕事よ。 はそう言う。



「酷ェ話だ、心ってヤツが傷つきそうだぜ」
「おかしいわね、そのつもりだったんだけど」


お前がこの俺に近づいて来た時から気づいていたのだとエースは言った。それは恐らく事実だと思う。元々十二分に怪しんではいたのだ。 その程度は予測出来たし、そもそも最初から言い訳するつもりはなかった。男が随分、悪食だという話も聞いていて、毒気が多い方がより好むだろうと踏んだ。 結果は案の定で、怪しんでいるにも関わらず、エースは積極的に近づいて来た。簡単に腕を伸ばし。



「これでようやく舞台が整った。なァ、
「あんた、この状況、分かってるの。只じゃ済まないわよ」



僅かなうめき声が耳を突く。一小隊が一瞬のうちに壊滅だ。手持ちの部下は全て足元で蠢く。目前の男、一人の仕業だ。原因は、恐らく、



「何言ってやがる」
「…」
「お前のせいだろ」



元々の指令は、攪乱そして孤立。白ひげ海賊団の戦力を分散させる事が目的だった。勝算は限りなく低そうではあったが、こちらも雇われの身分だ。 上に逆らう必要ない。言われるがままエースに近づいた。ある程度の関係性を築き上げたが、こちらも急に切り上げの指示が下される。意味はまったくなかったのではないかと思ったが、 余りにも無粋だ。男と女の浅はかな関係など一晩で終わる。そう思っていたが。



「一度で分かってくれりゃあ、二度、同じ真似なんてしなくてよかったんだぜ」
「一度で分からなかったのは、あんたでしょう」
「俺はさ、 。我慢が苦手でね。出来ないんだ」



引き上げる途中で最初の襲撃を受けた。元々こちらの事を海軍側の人間だと知っていた男は、そんな事ではない箇所で気分を害したらしい。 この俺から離れるなんて許さねェ。そんな、余りにも感情的な。正義の文字を背負った の姿を見ても一切ひるまず、昨晩の感触を反芻する。この襲撃で最初の一小隊は壊滅した。大半は未だに入院している。その足で海軍本部へ招集され、手当もせずの事情聴取だ。



『…遊びが過ぎたんじゃないの』
『…こうさせたのは誰よ』
『やれやれ…』



事情聴取はクザンが担当した。それもおかしな話だ。



『火拳はそんなによかったかい、
『…』



腹の底を見透かされたような気がして、言葉に詰まった。だらけた目前の男はじっとこちらを見据えている。



『何れにしても、このままじゃいられないよ』
『分かってるわ』
『どうケリをつけるの』



クザンが欲しがっているのは確約か。この期に及んで心の問題を持ち出すか。だから黙ったまま部屋を出る。早めのご帰還を。クザンの声が聞こえた。



「力づくでどうにかなるってわけでもねェが」
「…」
「もうおさまりがつかねェ」



いつもみたいに解消してくれよとエースは笑う。どいつもこいつも勝手なものだと呆れるばかりだ。エースの掌が赤く翳った。どこにいても生き辛いと呟くが、誰にも届かないだろうか。



2017/06/01(エースの館ラスト作品)
模倣坂心中