神様 この次は何だ?

同じ傷、同じ歪み、別の身体

不自然に冷えたシーツが眠りを妨げた。ここは最寄りの港町にあるモーテルの一室だ。


あの日、ポートガスに犯された後の を目の当たりにしたスモーカーは、一度だけ強く壁を殴った。お前、そう言いかけ口を噤む。当然何かを言いたげではあったが、ややこしい話にしたくないばかりに何でもない振りを続ける を見て思う所があったのだろう。それ以上、何も言わなかった。


好き放題に嬲られた身体は筋が悲鳴を上げ全身が痛い。とりあえずシャワーを浴び、塗れた身体を洗い流す。その最中に指先が震えている事に気づき、 そのまましゃがみ込み少しだけ泣いたが理由も定かでない。隠し通すつもりが、すぐにばれてしまった事に対する畏怖なのか、好きに身を弄られた事に対する嫌悪なのか。 何も出来なかった自分自身に対する涙なのかも分からない。只、確かな事は少なくとも確実にこの身体は犯されたという事象のみだ。別に処女なわけでもない、 愛のないセックスが初めてだったわけでもない。何も特別ではない。何も変わらない。そう思っていた。


一つも認めない のせいで二人の間に生じた歪は捻じれを増す。明らかな暴行の跡を目の当たりにしてスモーカーは全てを察した。その相手が恐らくポートガスであろう事もだ。 に問い詰めるにしても、やり方が分からず躊躇した。実際に犯されたのは だ。言い様がない。


一先ず部屋を出て、船医の元へ出向く。そのまま詳しくは説明しないまでも、 の元へ向かわせた。 で、不安要素があったのだろう。相手は言わず、暴行を受けた事だけを伝え検査を受けた。結果が出るまでの数日は流石に不安定で言葉数も少なかったが (尚、スモーカーはスモーカーで不機嫌の極みであった)特に問題なしとの報告を受け、一先ずは落ち着いたように見えた。 誰とも普遍なく言葉を交わし、これまでと何一つ変わらない生活を送る。その様が余りにも不自然で耐え切れなかっただけだ。


おい、見廻りに行くぞ。夜が訪れる前にそう呟けば は分かりましたと答えた。やはり何事もない対応だ。そのまま二人して船を下り、僅かばかりの見回りを行う。そもそも、スモーカー側の目的はこのモーテルだったわけで、目の前まで来た時、 は一瞬躊躇した。それを見過ごせなかった己の罪は何と呼ぶ。半ば強引にその手を引き部屋へ向かう。目的は一つのこのモーテルだ。


いざ部屋に入ると間髪入れず抱き締め口付ける。 の身が硬直し、震えた。気づかない振りをした。あれ以来抱いていない身体に確かめるように触れ、髪の毛一本ほどの傷もないか眺める。


お前はお前でどうにかあるかも知れねェが、こっちの心境も随分なものでな、 。気が狂いそうだぜ。


呼吸する度に上下へと動く白い腹部、僅かに冷えたその肌。確かに知っているはずなのに、まるで見知らぬ女を抱くようだ。顔を背けた はスモーカーの指先に合わせ時折、身を震わす。吐息は熱かった。何事もなかった振りを続けるのであれば、それを貫けという話で、それが出来ないのであれば潔く白状すべきだ。どの道、 心はもうズタボロで、取り返しもつかない。腕を取り顔を向けさせる。



「…見ないでよ」
「馬鹿言うな」
「どうしてこういう事するのよ」


お前が好きだからだとは言えずに、


「泣くな」
「あんたのせいでしょ」
「泣くなよ、


俺が悪いのだとスモーカーは言う。俺とあいつのいざこざにお前は巻き込まれただけなのだと、そう懺悔する。とはいえ、 も一端の海軍であり、別に異論はない。あれは己の弱さが招いた結末だ。それが分かっているから歯がゆい。 これが仮にポートガスでなかったとしても同じ事で、現状の己は只の獲物だ。狩る側には決してなれない。それが歯痒くて虚しくて、犯された事実を受け入れる事が出来ない。


最中の男の様子など一切覚えていない。只、うだるような暑さと、身の重さ。逆光に照らされ表情の見えない男から放たれる言葉。最後の身の震えまでが染みつき消えないのだ。 合意のないセックスはやけに残酷で、あれよあれよと感覚ばかりが研ぎ澄まされる。



「…ごめんなさい」
「止せ」


謝るんじゃねェ。


「謝った瞬間、全部事実になる」



お前は悪くないんだと続け、その言葉の余りもの無為さに打ちひしがれる。もう全ては終わってしまった。一度なくせば二度と戻らない温もりだ。その事に気づいているから は黙し、何事もなかったかのような振りを続ける。そうする他、術がない。傷は癒えない、心は戻らない。だけれど生活は繰り返す。だから、特別な事であってはならない―――――


俺はお前がどんな目にあっても決して離さない、心は変わらない。だけれど。お前はそれでいいのか。



「これでどうにかなるのは嫌なの」
「…」
「これが原因になるのは嫌」
「あぁ」
「もし別れるなら、もっと他の理由がいい」
「馬鹿言うな」



決して口に出来ない思いが日に日に渦巻く。お前は、許せるのか。互いの胸中で果てなく渦巻く。こんな目に遭った事実を許せるのか、その原因となった男を許せるのか、犯された女を許せるのか―――――


これはきっと今だけの話ではない。今後二人に付き纏う事になる呪詛。ほんの僅かな歪につけ込む魔の手。ポートガスのばら撒いた悪意は一過性のものではない。 致死に至らない毒のようなもので、じわじわと体力を奪い去る。解毒は出来ない。侵されている自覚は未だないが、その不穏を感じてはいる。


不確定のそれに怯え別れを口にしても、実際に目の当たりにしていない段階では一蹴するに留まる。そこまで人でなしではないと思いたいからだ。 明言を避け抱き合う身体はそこにあるのに、やけに遠い。別なやり方で同じ行為を繰り返し、それに何の意味があるのかさえ分からない有様だ。


事が終わり寝静まった深夜、不自然に冷えたシーツのせいで目が覚めた。隣に寝ていたはずのスモーカーがいないからだ。息を潜め室内を見回し、僅かに空いた窓に近づく。スモーカーはそこにいて、時折、目頭を押さえていた。



2018/02/12(それでも生きていく不純)
模倣坂心中