後悔も つぐないもせずに

わたしの供犠

何時だってこんな風に最悪ねとは笑った。止む事のない雨の夜だった。


余りの悪天候に足止めを喰らった二人はこうして、いつものようによそ様宅に入り込み場をやり過ごすわけで、とりあえず不在時を狙いはするのだが、 運悪く戻って来た家人たちはエースの姿を目の当たりにし、這う這うの体で逃げ出す。


その、いつもの光景も見慣れたもので、棚からワインを拝借しているは振り向きもしないし、罪悪感一つ抱けない。黙々と冷蔵庫の中身を平らげるエースとて同じ事だ。


稀にを目にし、いきり立ってくる者もいるのだが、、こちらも表に出ていない悪人だ。殺しはしないがそれなりの対応をする。こちらが悪いと分かっている。


昔から何故か、不思議と負の悪い人生で、こういう道に染まる事が決まっていたようだ。こんな雨の夜はやたらと昔の事を思い出す。途端、口数が減ったに対し、俺もお前も運が悪ぃからな。そう笑うエースは腕を伸ばす。まるで傷の舐め合いだ。それだけを目的としてこの男と一緒にいる。


互いに過去の話を詳しくした事はない。意味もないし、さほどの興味もない。身体からの関係は、単に相性だけで継続する。そういう盛り場で出会い、予定調和の如く寝た。単純に馬が合ったのだ。 エースが白ひげ海賊団の一員だという事は最初から知っていたし、何ら問題はなかった。


やる事がねェなら、俺のとこに来いよ。幾度か寝た後、エースはそう言ったわけで、特段意味があったわけではないと思う。人の道を外れた生き方をしている割に、どこにも属さないを誘っただけの話だ。海賊云々と道徳的問題を持ち出す輩でもない。無論、断る理由もなかった。


エースと共に行動をするようになり、の素性も少しだけだが晒された。元々評判のよくない女だ。過去の罪も露呈し、海軍はすぐに賞金を懸けた。昔の男達はこぞって命を狙いに来たが、あの頃と同様、返り討ちにした。 いや、あの頃より少しだけ余分に奪った。


最早、自身を止めるストッパーは存在しない。海賊という肩書はそれを可能にさせた。夜になればエースと身を交わし、 只、それだけの日々。欲望に素直に、それでいて果て無い。ずぶずぶと沈みゆく身体は出口のない闇に飲み込まれる。その闇が何なのか、エースにより齎されたものなのか、 そもそも自身に備わっていたのか。その辺りは未だはっきりとしない。大事なものを削ぎ、捨て、この身とエースだけが残った。他に何か必要か?



「お前、元海軍だったよな」
「嫌だ、知ってたの?」
「ちょっと前に、お前を追ってる奴に会ったんだが」
「…へェ」
「警告された」
「あの女を信じるなって?」
「あぁ」



同胞を散々と殺したこちらという人間をあいつらは絶対に許さないのだろう。こちらとしてはそれなりの理由があるのだが、当然聞く耳を持つわけもない。 そもそも、大して潔白でもない組織だ。正義の名のもとに当然の振る舞いを行うが、その正義もどこからのものか分からない。


少なくともが配属された部隊には、ほんの僅か程の正義も存在していなかった。ありとあらゆる不正がまかり通り、それさえも正義だと笑い飛ばす。ものの数日で上司に手を付けられたは、そのままそこの正義に染まった。そんな生き方には慣れていたからだ。


だけれど、飽きた。それに萎えた。すぐに詰まらなくなった。己という女の業なのか性なのか、その辺りははっきりしないが、仕様もない人間性だ。それでも捨てがたく愛おしい。 その上司と別れる為に、まずはライバルと目される男に近づいた。心は一切ない為、乗り換えに躊躇はなかった。


許さなかったのは、そんな過去の男達だけだ。許す事も出来ず、だからといって忘れる事も出来ない。執着ばかりが増し、殺意となり向かう。



「もうそうなると何もかもが面倒になって」
「そりゃあ、確かに」
「気づいたら殺してて」
「…へェ」
「何か犯されるし、最悪よ」



男達の求めるものは心で、それが存在しないとなると手に出来るこの身となる。力づくで抑え込まれ犯され、そこまで好きにさせるのに命まで寄越せだなんて厚かましすぎる。 散々悪事を働いた男が一人死んだくらいで、何の問題がある。



「…俺ァ、お前がどっちだろうといいんだよ」
「…」
「お前が海軍のスパイだってんなら殺すだけだし、
そうじゃねェならこのままだ」



どっちにしたって俺には影響がねェ。何も変わらねェんだ。
エースはそう言い笑う。



「…あんた、本当によく食べるわね」
「成長期でね」
「そうなの?」
「喰ってヤって、それ以外に何か必要かい?」


俺には想像出来ねェ、それ以外のものなんて。だからお前と一緒にいるんだと続けるエースは、一切手を止めないし、 視線もこちらに寄越さない。エースは決して執着しない。欲するものは極めてシンプルだ。冷蔵庫の中身を平らげるエースを眺めながら、シンクの横に座ったはワインのボトルを煽る。


エースと共に越す夜は数えきれない程で、いつになっても出口が見つからない。世界は詰まらなく下らなく、いつだって期待するに値しない。 エースは余りにも簡単な二択で生きる。この男に惹かれた理由が分かった気がした。



2018/03/09(底なしに堕ちゆくこの身)
模倣坂心中