全部嘘でも信じていたい

幼稚な恋の凶弾

さっさと殺しないよと呟くの傍ら、まるで普段と変わりのない様子で座り込んだエースは、つい先刻まで殺し合っていたとは思えない眼差しでそこにいた。



少しだけ気まずそうな、いつだってこちらを見ていたような知った表情。まるで悪戯がばれてしまったとでも言いたげな、無邪気な悪意だ。



まあ、そんな無邪気な表情を晒しながらエースはこちらを叩き伏せたわけで、ある程度、均衡はしていたと思うのだが、それはもうこちらの力不足他ならない。 こんな体たらく振りを晒し、のこのこと海軍へ戻るわけにもいかない。クザンは許さないだろうし、そうなるとが海軍で生き延びる術もなくなる。それでなくとも、こちらはこんな状態だ。何れにしても生き延びる道は断たれた。



全身は酷く痛み、呼吸ごとにひゅうひゅうと嫌な音がする。この男の熱は想像以上に激しく肌を焼き尽くす。



白ひげ海賊団の情報を抜き出すべく、最も攻略しやすそうな若い隊長に近づいた。若く持て余した欲望を隠しもしないエースは、酷く簡単にを招き入れた。



こんなくだらない任務を請け負う理由は手に入らないからで、どんな真似をしても構わないという生き様のせいだ。 良いも悪くも、特にモラルなど持ち合わせていない。あんな組織だ。水面下で足の引っ張り合いは当然だし、出世の為に汚い真似をし出し抜くなんてザラだ。 正義の二文字がどうしたというところだが、そういう世界で、それが世界だ。だから、そんな世界で生き抜く道を選んだだけで、それの何が悪い。



心なんて何の意味もない。目的があって手段を選び、それを達成するだけだ。クザンの駒となり、手足となり全ての咎を背負う。そうする事により、全てを手に入れられるような気がしていた。



「…お前、何を考えてる?」
「…」
「俺じゃあねェ、他の男の事を考えてるって顔してるぜ」



こんなに側にいるってのに、つれないねェ。しゃがみ込んだエースは、両腕を膝に乗せ、指先に炎をチラつかせている。まるで収まりがつかないという事だろう。



心を弄ばれた男は心を欲しがる。最初からそんなものなど存在しないというのに。持ち合わせていないものは差し出せない。



「だってさぁ、お前が悪ぃだろ、絶対」
「…」
「俺ァ、割かし本気だったし、酷ェ話だろ」



そう聞けば、やはりこちらが悪いのだろうかと、似合わない罪悪感さえ抱く。心と身体を差し引きできない若い男を前に利用したこちらが悪いのだろうか。 そんな真似が横行している世界に生きている為、まったく分からない。確かにまるで子犬のように、この男は無邪気だった。ああ、だったら。悪いのはこっちか。



「…ごめんなさいね、エース」
「!」
「酷い真似をして」



感情はそこになく、只、事象として謝罪の言葉を口にする。相手の気持ちなんてまったく理解出来ず、察する事さえ出来ない故の愚行だ。



一瞬だけ息を飲んだエースがゆっくりとこちらを振り向く。その刹那、覗いた凍てつくような横顔。初めてゾッとした。



全ては意味がない。ここにある、じきに動かなくなるであろう身体と一切反省しない頭。ハナから存在しない理性。エースの表情はすぐに元に戻り、よく意味が分からねェが。そう笑った。



2018/06/11(許すなんて選択肢はハナからない)
模倣坂心中