これは愛みたいなものじゃない

虚妄の隷

今日今、この夜はあんたのものじゃないのよとは言った。寝具の中、つい先刻まで交わっていたとは思えない湿度だ。一度寝た女は基本的に二度、三度とこちらが求めれば関係は永遠に続くのだと、こちらは勝手にそう判断していたのだが、のこの反応を見るにどうやら違うらしい。こいつは俺の目論見と違うんだが、思った事をそのまま正直に告げる。髪をかき上げながら気だるそうにが顔を上げた。


この女は昔馴染みで、それこそエースがスペード海賊団を率いていた頃に出会いは遡る。は、迫害されし民の生き残りだった。慣れない航海の最中、難破し立ち寄ったとある島。海図上に記載がなく、海軍の機密エリアかと思っていれば、そこは既に事が全て終わった世界だったわけだ。


焼き尽くされた領土は果て無く広がり、人っ子一人いない。建物は全て壊され、至る所に死体が転がっていた。こいつは酷ェな、なんて呟きながら上陸し、とりあえず物資を探すも見事に焼き払われている。見る限り随分と執拗で、誰一人逃さないという確固たる意志が見て取れた。


そこら中に転がっている死体は総じて女子供、そうして年寄りだ。これは戦いでなく虐殺、この島では虐殺が行われたのだ。あまり広くない島をバラバラに捜索する。この謀略の限りを尽くした張本人達はとっくに姿を晦ましており(どうせならそいつらから物資を奪いたかったのだが)生者は一人としてうないのだろうか、そう思っていればだ。死体を投げ捨てていたのであろう穴の中から一人の女が姿を現した。こちらもうっかり見落とすところだ。


おい、あんた。そんなところで何をしてるんだい。穴の淵からエースがそう声をかければ、あいつらは。女はそう返した。さあ、知らねェな。俺たちが来た時には既にもぬけの殻だ。女は血潮に塗れているが、実際に怪我も負っているようだ。頭がふらつくのか頻りに振っている。まあ、そんなところで立ち話も何だ、もっとゆっくり話そうぜ。手を伸ばしそう言う。女は何も返さず、エースの手を取った。


女はと言い、この島に古くから住まう少数民族だと告げた。何があったと聞くエースに、見ての通りだと答え、皆死んでしまったと呟く。


聞くところによれば、この島には昔から三つの少数民族が住んでおり、領土を奪い合っていた。幾度か大きな諍いが起き、近隣の島に散らばった者も多い。きっかけは『友好条約』だった。代表が集いこの度、友好条約を結ぶに至ったという通達が届けられた。島々に散らばったもの全てがこの島に集められ記念の式典が行われるという話だった。


それは突如始まった。人々が集まった中心部にて響き渡る銃声、それに次ぐ悲鳴。そこからは地獄絵図だ。待ち伏せていた民兵たちに皆殺しにされた。奴らは結託し、母数を減らす事に決めたのだ。奴らは予め掘っていた穴に死体を投げ捨てた。弾が惜しくなったのか、死体の詰まった穴に人々を蹴り落とし、頭上から弾丸を降り注いだ。


がその事に気づいたのは事が全て終わった後だった。能力者であるを奴らは警戒していた。だから彼女が島を離れている間に事を全て済ませたのだ。何もかもだ。何もかもがなくなった。知らぬ間に全てが―――――


行先のないをエースは気軽に誘った。どうせ行くところもないんだろう、お前。俺の船に乗れよ。それは単にその夜の誘いだったのだが、それらも含めは頷いた。全てを失くした女とは思えないほど落ち着いた姿で、泣き喚く事も、取り乱す事もなかった。



「あんたとの夜はあの一晩だけ」
「へぇ」
「あたしがあんたの手を取ったのもあの時だけでしょ」



はすぐに船を下りた。やるべき事があるのだと言っていた。その後はタイミングだ。どちらかが近くに来た時に顔を合わせる程度の、最もいい距離感を保った。


は恐らく復讐を誓っているのだろう。無理もない。あれは民族淘汰であり、只のジェノサイドだ。世界はそれを知っていて放置した。その事を、は知っている。


「連れねェな」
「あんただけの居場所じゃないのよ」
「妬けるね」
「嘘ばっかり」


気まぐれに潜り込むだけの男は御免なのだとは言う。だからって共に過ごす相手を求めているわけでもない癖にだ。他の男の匂いがするぜと呟きながら腕を伸ばす。そんなのはお互い様でしょうとが笑った。



2019/03/20(世界は何も救わない)
模倣坂心中