世界の果てまで真っ直ぐ歩ける

 こんなにも軽薄な自分という人間にすり寄る女が多い事も事実で、それこそ詳しい統計を取った事はないのだけれど、似たようなタイプに偏っているのだろうと思う。何かが足りないだとか、飢えているだとか、大よそその辺りで一括りに出来るはずだ。

彼女たちは自らの話をひたすらに聞いて欲しがり、こちらの言葉を必要としない。会話にならないのだから楽な話だ。一方的に言葉を紡ぎ感情を暴発させその身を投げうつ。そんな彼女たちの受け皿になったつもりはないのだが、結果としてそうなっている。

衣食住を提供する彼女たちはメメにとっても大層重宝する存在だ。何せ生きる事が格段に楽になる。オカルト研究会の忍野メメといえばそんな存在で、学内でもそういう噂で持ち切りの男だった。

全てにおいて曖昧で軽薄、主義主張もなさそうで、その実腹の内は誰にも見せない。只そこにいて何をするわけでもなく生きている。最低限の講義には出席し単位は落とさない。

要領のいい男だとは昔から思われていた。だからそんな彼が必要最低限の講義に出席した際、学内でも指折りに人気の高いをジッと眺めていようが誰も気にもかけない。何故だか彼はメインどころに興味がないのだと思われていたからだ。

と言う女は成功の凝縮された女で、最近では海外の有名なボランティアにも参加し(所謂意識高い系の学生が参加したがるも、それなりの実績がないと選ばれる事もない)そのインタビューが学報に載っていた。彼女の輝かしい経歴には全て目を通しているし、何ならその学報は保管している。そんな気持ち悪い行動を誰も知らない。

距離を詰めようとも、これまでやった事もない為に為す術もなく、こうして目の保養を主とする。結果、そのおかげで単位を落とす事もない。いい事尽くめだ。そんな暮らしをダラダラと続け、何一つ変えるつもりもなく、変わらない毎日を過ごしていた。

そんなある日だ。
明け方くらいから降り出した雨は昼過ぎには本降りとなり、夕刻の今となっては雷鳴までも轟き、様々な警報が発令される程だ。

オカ研の部室に半ば住み込んでいるメメにとっては余り興味のない出来事であり(何せ大学の敷地内は極めて安全だ)こんな天候なら今日は久々に一人の時間が楽しめるのかな、だなんて考えていた位だ。

ベット代わりに使っているソファーからのそのそと起き上がり、雀卓に乗っかった煙草に手を伸ばす。ラス一。窓の外を見るも信じられない程の豪雨だ。だけれどこの身がニコチンを欲する力には抗えない。

まったく一切の我慢の利かない情けない男だが、この豪雨に怯む事なくコンビニに向かう勇者的要素もある。まるで人気のない構内を横切り(そもそも部室に住み着く事は当然ながら禁止事項に値する、出来る限りコソコソと暮らしているつもりだ)最寄りのコンビニで煙草を買い込み戻った。

その途中だ。正面からずぶ濡れの女が歩いて来た。

駆け足でも何でもなく、ゆっくりと歩くその姿に少しだけ引いたが、すぐに誰か気づいた。。叩き付ける雨音と、コンビニの袋が擦れるカサカサとした音。凡そそれくらいの記憶しかない。

だけれど丁度、目の前に来た時、傘を差しだした。激しい勢いの雨は容赦なくこの身を侵す。



「…」
「そんな姿じゃ電車にも乗れないだろ」



我ながら下心丸出しの台詞だ、咄嗟にそんな台詞が出て来た奇跡に感謝する。



「行く場所、あるの?」
「あるよ」
「いいの?こんな状態だけど」
「俺も濡れてる」



だから行こうと手を引いた。は拒否しなかった。





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スヌーズのかけられた携帯のアラームは延々と鳴り続け、幾度目か覚えていないまでも完全に眠気が遮られ嫌々ながら起き上がった。場所は相も変わらずオカ研の部室で、窓から差す光に室内の埃が舞う。

あの日以来、何となく他の部屋よりここにいる時の方が心安らぐ。ここにしか存在しない思い出とやらの仕業だとは分かっている。

あの日、濡れ鼠の二人はこの部屋に入るなり抱き合い、まるで呪われているかのように身を重ねた。そうしなければ死んでしまうかのようにだ。交わした言葉だって一言、二言で、正直な所があそこで何をやっていたのかも、何故あんな事になっていたのかも知らない。彼女は何も言わなかったし、こちらも何も聞かなかったからだ。

この雑多な部屋で、まさに今寝転んでいるソファーの上でくんずほぐれつと絡み合い、気づけば雨は上がっていた。の事なんて何一つ知らない、分からない。彼女は自分の事を少しも話さなかったし、聞くに徹するこちらは聞きだす術を持たない。

情けないながらも内心もっと話したく、だけれどそれが敵わない情けなさ。ここで起こった出来事自体、幻だったのではないか。最近ではそう思い始めた。

LINEのひとつでも聞けず(まあ聞いたとしてもあの手のタイプは教えやしないだろうが)同じ講義に出ても当然、声をかける事もない。彼女は眼差し一つ寄越さない。やはりあれは幻だったのだろうか。

それからも日々は変わらずに流れ続け、この部屋の記憶さえ曖昧になる。そうして訪れる雨の日、あの日のデジャブ。土砂降りの中コンビニから帰る己に気づいたメメの目前には雨に打たれながらゆっくりと歩くがいて、やはりこれは何らかの怪異なのだろうか、そう思わざるを得ないのだ。