無限循環アポトーシス

  そもそもあいつは一体どういう了見なんだかまったく見当もつかねェ。やたら煌びやかないでだちをしやがって、すれ違う奴ら全員の視線を独り占め。攘夷戦争時代なら不敬だと捕らえられていたに違いない。まあ、今はそんな時代じゃねェんだが。

そもそもあいつがこの、かぶき町に姿を表したのはこの半年前くらいの出来事で、近藤さんがご執心な、お妙の働くキャバクラに突如現れた新進気鋭の美女、のような触れ込み(だったような気がするのだがはっきり覚えちゃいない)で、お妙に会いに行く近藤さんに付いて行った際に初めてお目見えした。名が呼ばれ、僅かだが場内の空気がひりつく。女達の目と男達の視線。反射的に土方も振り返った。

正直な所その瞬間、奪われたのはまず目。そして心、脳。産まれて初めての感覚で、それが何と呼ばれるものかも知らない。女はと名乗り、やたらと万全な接客スタイルで確かにこちらを陥落した。

いや、別にそんなのはどうでもいいんだよ。そんなのは。ありゃ確かに目も眩む程の美女で、明らかに素人じゃねェ。玄人の女だし、凄腕のキャバ嬢だ。

店長に探りをいれたところ、出自は不明だが(まあ、あの世界は出自の明らかなお妙みたいな女の方が珍しいんだが)あの見た目だ。即日採用で現在、荒稼ぎをしている最中らしい。まあ、それは別にいい。そんなのは一向に構わねェ。そんなのは全然にいいんだが―――――



「ねえ、何であの人あそこでじっとしてんの?」
「ありゃあ、元々ああいう置物なんでせェ」
「ヤバくない?」
「有名な話でさァ」



どうしてお前が真選組の屯所に入り浸ってんのかって話だよ!この男くさい屯所にお前みたいな女がいたらもう光り輝いちゃって碌々目も開けられねェだろうが!?いや!違くて!



「はぁああっ!?さん!?」
「ヤダー、近藤さん。お邪魔してますー」
「こっ、こんな薄汚れた屯所にさんが…!?」



いや、近藤さん。あんたの気持ちはマジで分かる。ていうか何でがここにいるの?薄目を開いて様子を伺っていれば、総悟が悪魔のような眼差しでこちらを見ていた。ああーそうですか。分かっちゃいたけど、お前のせいか…。



「お待たせしましたー!」
「え、何?」
「何言ってるんですかィ、近藤さん」



さんが来て下さってるんですぜ。そう言い酒瓶を掴む総悟は例の、悪魔のような笑みで囁く。宴の一つでもぶち上げましょうや。総悟のその囁きが脳髄を痺れさせたのが丁度五時間前。はバカみたいに酒が強い。一人、二人。酒に飲まれた奴らから脱落していく。そうして残された死屍累々。年も考えず雑魚寝(という名の気絶、に近いのだろうが)状態の室内を見回す。ええーと。



「…」



が俺の真横で寝ています。もう一度言います。が俺の真横で、寝て、います。ちょっと待て。意味がよく、あの、これ、罠?待て、待て。まず落ち着け、俺。いやいや、いや…寝顔も嘘だろってくらい可愛いな何なのこいつの顔。凄…いや、いやいやいやいやいやいや待て!!!待てって俺!!!

そもそも俺自身いつ酔い潰れたか記憶がねェ。恐らく今の状態は飲み過ぎて夜中に目が覚めるっていうやつだ。あるあるだ。飲み過ぎた時にはよくなる。だったら、だ。そこら中に酔い潰れてるこいつらもじきに目が覚めるじゃねェのか?いや、待て!!!そもそも、総悟のバカはどこだ!?あいつがいないとなると話は180度変わる、この場面自体が完全に罠となる―――――

いや、いたわ。そこに寝てるわ。寝て…寝てる?本当に?その瞬間、が寝がえりを打った。俺の!方に!!うーん、だとか、何だとか、兎に角なにかそういう感じの声を出していたような気がするが最早意味がない。の顔はゼロ距離だ。ええーっと、これは、あの、



「しっつれーしますよおおおお!!!!」
「!?」
「うちのがお世話になってるみたいでえええええ!!!」



屯所に響き渡る銀時の声に全身がビクついた。何だ、急に何だよ、どういう事だ。ドタドタと土足で走り回る足音が襖を開け、こちらに近づいて来る。身を起こそうとした刹那、かち合う眼差し。声を出さずに『動かないで』なんて囁く。そのままは土方の胸の中に納まった。丁度顎の下に彼女の頭があって、まるで動かない身体をよそに背後から抱き締める形になった。え、何これ。何?何??



!!てめっ、このバカ女」
「えぇ?何??」
「はぁ!?!?な、何!?ひ、土方君き、君なにしてるのかね!?!?」
(え、何これ)
「ていうか何なの坂田さん」
「坂田さん!?坂田さんって言った今!?え?これまで一度としてそんな呼び方した事ありませんよね?!!?いつだって親し気に『銀ちゃん』って呼んでたよね!?」
「ウザいんだけど坂田さん」
「ウザい!?俺が!?はい!?確かに!ウザいね俺!?」
「今、トッシーといいとこなんだから空気読んでよ」



ああ、成程、と急に腑に落ちた。これは俺だ。この、浅ましくも情けなく目の前の(というか今は俺の腕の中なのだが)女に振り回されているバカな男は俺なのだ。いや、マジか。俺、こんななの?



「いやいやいやいや行く所ないからってウチに住まわせてたよね!?」
「だからすぐ出て行ったじゃん」
「ていうか昔からお前ってマジでそうだよね!?何!?俺はお前のブースターですか!?使い捨てでハイさよならってか!?」
「え?昔ってどう…」
「ええ?何言ってんのかよくわかんないんだけど、ちょっと銀時!!変な事言わないでよね!!」
「おーまーえー!お前が幾ら歳を取ろうと俺は変わらず愛し続けるけど、俺はお前の真実を知ってるわけよ!?!?みなさーん!!この女、こう見えて」



の右フックが銀時に決まり、つい先刻まで腕の中にあった彼女はあっという間に姿を消した。僅かな温もりだけ残して。ついと視線を動かせば、面白いものが撮れましたぜ、なんて言いながらスマホを弄っている総悟が見える。やっぱりお前の仕業か、と思うも怒りに直結しない。



「あんのバカ女…」
「おい、万事屋」
「何だよ、間男」
「誰が間男だ殺すぞ」



あいつの事を教えろ、と臆面もなく言って退けた己に吃驚だ。ああ、そう。そういう事。満更でもなさそうな顔でこちらを眺めた銀時の隣、、そういう男って嫌われるわよ、なんてしたり顔で近藤さんが言うものだから、あんたにだけは言われたくねェよと、笑った。