「だからもう一緒にはいられない」

  邪魔するぜ、と当然のように言う男の声に振り返り目を見開いた。新世界にある、とある小さな島で開いているこの酒場は、そう簡単には見つからない。そもそも辺鄙な場所に開いている為、まずこの場所に辿り着くのが極めて面倒で来たがる人間がいないし、地図上にも載せていないからだ。

この島は今から余り遠くない過去に海底火山が起こった際に浮き上がった僅かな大陸で、それを急激に冷やし固めた。それが大体五年程前の出来事だ。この溶岩の湧き出る大陸を力づくで凍らせてくれたクザンはその後、暫くここに滞在し、今となってはどこに行ってしまったのか知る由もない。

あの男はこの島を冷やし固めた後はずっとハンモックに寝たきりで、腹が減った時以外は動く事さえしなかった。数少ない信頼出来る人間をかき集め、この島に酒場を作った。

クザンがここを訪れる前にで人生の転機にぶつかっており、互いに口にした事はなかったのだが、逃げていたのだろう。そうして逃げた先がここだ。ここが人生の終着地点。知った人間ばかりが時折顔を出す、気兼ねない酒場、だったはずだ。それなのに何故。


「よぉ、
「赤髪、どうして」
「どうしても何も、水臭ェじゃねェか」
「あんたなんでここが」


急に訪れた客が赤髪のシャンクスだなんて悪い夢のようだ。こいつらに知れないように、わざわざこんな辺鄙な場所に終の棲家を構えたというのに。そもそも、この男は自分の元を離れた人間をわざわざ追うようなタイプではない。来る者拒まず去る者追わずといった人間のはずだ。

シャンクスはいつものあの、とらえようのない飄々とした口振りで立派な店じゃねェか、なんて呟きながら店内を見回している。その後ろにベン・ベックマンはいた。何も言わないものだから、こちらも気づくのが遅れた。


「…元気か、
「あんた」


これはこれで最悪だ。シャンクス一人が訪れた方がまだ精神衛生的にはよかった。ベンの顔を見て動揺した事が伝わらないように、ふと視線を外し好きな席に座ってと告げる。

別にどうでもいい。今更どうって事ない。ここに私がいて、私は一人でいて、急にベンが来たってだけの話で、序でのようにシャンクスがいる事だけは未だに納得出来ないけれど、でももうどうでもいい。

とりあえず酒をくれとこちらを呼ぶシャンクスの真向いにベンは座っている。まるで何事もなかったかのように、彼は特に取り乱すわけでもなくそこにいる。だからも何食わぬ顔をして酒を運ぶ。

大ジョッキを雑に置き、長居しないでね、なんて苦口を叩けども、こちらの事情を知っているのか知らないのかシャンクスはズケズケと土足で踏み荒らすような質問をしてくるのだし、ベンは黙ってジョッキを煽っている。

そのジョッキにつく彼の唇、腕、首。無意識に目線はそれらを追い、封印したはずの思い出が騒ぎ出す。


「お前と会うのは何時振りかな」
「そうね」
「まあ、お前が幸せだってんならいいさ」
「そうだな」


そんなわけない、そんなわけがないでしょう。幸せだとかそうじゃないだとか、そんなのは私達にしか分からない。私達にしか分からないはずなのに、ベン、何であんたがそんな事言うのよ。

勝手にヒートアップしている事も重々承知で、未だに自分の気持ちをコントロール出来ない。シャンクスはじっとこちらを見ている。目を覗いている。知れているのだ。


「嘘吐きだねェ、は」
「は、」
「あん時ゃ俺もまだ若かったからな」


大人げない真似をしちまったもんだ、とシャンクスは言う。あの時。まだ三人が一緒にいた時。あのたった一年足らずの時間。駆け出しの能力者だったは一人気ままに海を彷徨い、何になるのかさえ模索している最中だった。既に名を馳せていた赤髪海賊団と遭遇したのは彼らが海軍と交戦している場面にたまたま居合わせたからだ。

酷く横柄な海軍の兵士たちで、町の人々は彼らを恐れていたし、見慣れない顔のを前に、奴らは新しい売春婦が来たのだとこちらを揶揄したわけだ。その町では旅行者やよそ者の泊まる宿屋に海軍が訪れる『見回り』称した伝統があり、奴らは気に入った女を何だかんだと何癖をつけ、その場で犯していた。無論、の宿にも奴らは来た。

シャンクス達の交戦に出くわしたのは翌日の事だ。半殺しにした海軍の輩を目にし、奴らもこちらに刃を向けたし、許すつもりなど更々なかったも返した。だから、たまたまだ。


「何を言って―――――」
「罪滅ぼしになるかは分からねェが」
「ちょっと」


それが縁で、シャンクスはこちらを酷く気に入ったらしい。行く場所がねェんなら俺の船に乗れよとしつこく誘われ根負けした。シャンクス達と共に過ごすようになり三ヵ月目には恋に落ちていた。シャンクスではなく、ベン・ベックマンと。言葉にはしていないが彼もそうだったはずだ。

だけれど、叶わない。この船ではシャンクスが絶対であり、彼はシャンクス以外の命は受けない。は仲間とはいえ、シャンクスの気に入りという見方が強かったし実際そうだった。

思いを抱いたまま一年が経ったある日の晩だ。遠出から戻ったベンとばったり出くわした。が夜の見張りをしていた時の事だ。ベンは酒を飲んでいたらしく、いつもよりも饒舌で、甲板に座っているの隣にどかりと腰を下ろした。

一言、二言。言葉を交わしてはいたが互いに気づいていた。漂ういつもとは違う雰囲気に気づいていた。僅かに指先が触れ、酷く近づいた顔。すぐそこにある唇。息を止めたあの瞬間。


「あの時の続きをしてみちゃくれねェか」
「…!」
「今度は俺の目の前で」


あの時、他の船員がこちらを照らし事なきを得た。得たのだが、そのままでは居られずは船を降りた。心はなかったものとし、これまで生きて来た。一瞬、言葉を失ったの手をシャンクスは握る。もう二度と話さないと言わんばかりに。


「ベ…」


ベンも何とか言ってやってよと呟きかけた唇は彼に奪われ、口移しで流し込まれたアルコールが口の端を伝った。