ひとりでも散っていけるよ

  済し崩し的に寝てしまった翌日の朝だ。別にこんな事は初めてではないのだけれど、毎度ながらやってしまったな、というどうしようもない後悔と、これからどうしようという欝々とした気持ち。

同じ職場の男と二度も寝る事になろうとは夢にも思わず、死にかけた時ってやっぱりアドレナリンがバンバン出てるんだな、だとかそれにしたって相手を選べよ、だとか。色々と己に対してダメ出ししたい事が脳裏に浮かんでは消える。

自分という人間が不真面目なのは明らかなのだけれど、作戦が終わる度にその時組んでいた相手と寝る、なんて悪い癖が未だに出る辺り、性根がどうしようもないらしい。

所謂『性癖』というやつは見知らぬ内に形成される。思い返せばまだペーペーの隊員だった頃に、初めての作戦を組んだ上司に手を出された(これはまったくもって正しい表現だ、あれは合意というには余りにもドラスティック過ぎた)一件。あれに他ならない。

まあそんな事はどうでもいい。覆水盆に返らず。過去は過去だ。こちらも色んな部隊をふらつきながら生きてる根無し草なのだし、この出会いも一期一会。二度会う事はない。と、思っていたのだが。


「おい、ちょっと待てよ」
「いやいや、人違いでは?」



街中でこの男に声をかけられる事になるとは夢にも思わなかったわけで、思わず早歩きでやり過ごそうとするも、あえなく腕を掴まれる。相変わらず加減の分からない男で、掴まれた腕はびくともしない。振り払えない。


「…」


振り払えなかったのは何も、クリスの力が強かったからではなくて、彼の目だ。眼差しが余りにも不安げで戸惑った。BSAAオリジナルイレブンのメンバーとは思えない程に弱り切った姿に驚いた。

そもそも、この男がこんな街で何をしているというのか。あの南米の件から一度も顔を合わせるタイミングがなかった。クリスはクリスで北米支部の実働部隊に移籍したし、はこれまで通りエージェントとして世界を股にかけていたからだ。

オリジナルイレブンを離れると聞いた時は耳を疑ったが、まあ彼の性格から考えるに有り得ない選択ではないなと納得した。彼はこちらのように独善的な人間ではないからだ。

そんな彼が何故だか酷くよれた姿で(無精髭まで生やして、だ)こちらの腕を掴んだ。私のような薄情な女には情などないはずなのに振り払う事が出来なかった。大きな図体をして、あんなに縋るような目で見つめられたら無理もない。

嫌だ、クリスじゃない。久しぶり。
強引にそう返せば間も開けず抱き締められ、街中で何をしてるの、だとか、そもそも急に何?だとか。色んな感情が浮かんでは消えるも、僅かに時めいた胸中が一番分からない。分からない序でにそのまま部屋へ持ち帰った。のこのことついて来たクリスの気持ちも正直、まったく分からない。

酷くくたびれたクリスは一年以上顔を合わせていない(尚、その間、連絡は一切ない)女相手に縋り、部屋へ赴き1,2杯の酒を飲んだタイミングで(というか、最初に街中で抱き締められた時に気づいてはいたのだけれど、随分と酒臭かったのだけれど)当たり前の様に触れて来た。

別に過去、何があったとしても今更持ち出さないし、何かがあったからといってそれが免罪符になるわけでもない。だけれど一つだけ確かだったのは、あの時の彼は縋ったわけでもなく、流れというか只何となく、それだけの結末だった。失敗したと、翌朝後悔する程度には。


「…」


あの時抱いた感触は間違いだったのだと、次の新しい朝に気づく。心など厄介で邪魔なものだと無碍にして来た。そのしっぺ返しを食らっているのだ。

翌朝目覚めればクリスの姿はなく、昨日の出来事それ自体が夢だったのではないかと思えた。だけれどテーブルの上にはグラスが二つあるし、室内にはあの男の吸う煙草の匂いが漂っている。

とりあえず連絡を取ろうかとスマホに手を伸ばすも、入れ替わりに入って来たメールは(昨日、BSAA本部に問い合わせをしていた回答だ)クリスが治療中の病院から姿を消しているという内容だった。