ああ、ここまできてしまった



  夏油とは裏の仕事で度々顔を合わせる程度の仲だった。胡散臭い新興宗教を乗っ取った夏油の噂は聞いていて、実際幾度か顔を合わせる内に割と気が合い、それなりに仲良くしていた。

呪術師だけの世界を作るのだという夏油の理想は知っているが興味はない。こちらには理想論もなく大義もない。単純に興味があるのは金。それを得る為に夏油のような人種と付き合っているのだ。

事の発端はターゲットであった占い師の一件だ。彼女は政治家御用達の占い師で、数十年という長い間、この国を裏から牛耳り甘い汁を啜ったとされる。真相は不明だ。何が真実なのかは分からない。そんな彼女の王国もフィクサーと呼ばれる元政治家の死により崩壊する。結局は口封じの為にたちに狙われる事となった。

この時、夏油はたまたま暇潰しにそこに同席していた。確か夕飯を一緒に食べる約束をしていたはずだ。さっさと終わらせるわ、と笑ったの目前に瀕死の占い師はいた。後一撃というところか。呪力で人を殺す事に慣れていた。



「…」
「何?」



占い師の唇が僅かに動いていた。



「何を」
「お前とその男の子供は、類稀なる呪力を持つだろう」
「!」



占い師の能力は「予言」だ。一人に対し絶対に履行される呪いを発動させる事が出来る。故に重宝された。それと経験だ。相手の欲するものを掴む力がある。それに、最も大事に思っているものを揺さぶる術も。

夏油達が『呪力を持った夏油の子供』を望んでいる事を知っている。夏油周りの盲信した女達が彼の子を産まんとハーレムを作り上げている事も知っている。そうして、これまでその目的が果たされていない事も―――――

当然その予言を夏油も聞いていた。



「どうした?…」
「あんた、何のつもり」
「皆まで言わせるなよ」
「冗談じゃない」



その場はどうにか逃げ延びた。夏油がこちらを殺すつもりでなかったからだ。彼はこちらを捕まえたい。己が子を産ませたい。それだけが彼の意思になる。

全ての仕事をキャンセルし、その日より夏油から逃げる日々が始まった。あれの手先は至る所にいた。新興宗教団体が手の内にあるのだ。日本全国、どこにいても安堵する場所はない。

逃げ続けた歳月は僅か三ヵ月。呪詛師の集団に囲まれ逃走劇は終焉を迎えた。









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そのまま本山と呼ばれる山奥の宗教施設に連行され拘束された。正直な所、相当なダメージを喰らっていた為、この辺りの記憶は定かでない。全身が痛み朦朧としていた。



「お前は天才ではないからね」
「…夏油」
「やはり多勢に無勢だったか」



拘束が解かれ夏油の前に膝をつく。そのまま犯された。身を捩り逃げたいがいかんせん身体が動かない。容易かっただろう。特に愛撫も何もなく、夏油はすぐに挿入して来た。どこもかしこも痛む為、一瞬の痛みなど気にもならない。夏油が腰を動かす動き毎に痛みが増す。逃げ続けた結果がこれかと死にたくなった。

目的がはっきりとした性行だ。されるがまま中に出された。殺してやる。そう吐き捨てるもやはり身体は動かない。惨めだった。

翌日も夏油はやってきた。昨日犯されたままの姿で横たわるに近づき、少しは落ち着いたかな、と声をかける。こちらにしてみれば何が、だ。お前のせいでこうなっているんだろう。そう怒鳴り唾を吐く。間髪入れず側近に殴り倒されるが構わない。このままここで生きている事の方が恐ろしかった。

側近をよせ、と制した夏油はを担ぎ次の部屋へ移動した。窓のない部屋だ。壁がクッション材で出来た窓のない部屋で、主に信者に対する折檻に使われる。信心の足りない信者を監禁する為の部屋だが、そこにトイレとシャワーが後付けされワンルームという体になった。外から鍵がかかり中からは開ける事が出来ない。

ゆっくり身体を休めるといい。そう言い夏油はドアを閉める。最初に比べると随分人として扱われているようだ。全身は依然痛むが這い蹲ってシャワーへ向かう。一刻も早くあの男の精液を体外に排出したい。どうにか全身を洗い膣内に残っている精液を掻き出す。意味があるのかは考えない。

あの占い師のババアのせいでとんでもない事になった。この部屋へ来る間、夏油に担がれ施設内を見ていたが、流石にこういった施設だけあってセキュリティはしっかりしている。逃げ出す事は容易でない。

その日の夜も夏油は来た。当たり前のように犯しにかかる。



「やめ、触らないで!!」
「口が悪いな」



夏油の力は強い。上から押さえつけられれば身動きが取れなくなる。



「お前との子供が欲しいんだ、私は」
「正気じゃない」
「家族になろう、



夏油のその言葉に心底ゾッとした。この男は本気でそう言っている。元々子供を持つ気はなく好きに生きていた。家族なんて真っ平御免だ。日が経つにつれ身体の動く範囲は広がり、夏油とのセックスは嬲り合いに近くなった。こちらが幾ら暴れようと夏油は容易く抑えにかかる。悔しくて泣いても、諦め呆然としても結果は同じで必ず中に出された。

妊娠を恐れたがすぐにシャワーへ行かないよう、体力の限り犯し尽す。途中から中に出した後にが動かないよう隣にいるようになり、その翌日、翌日。繰り返し犯され、数ヶ月で懐妊するに至った。








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生理が来ない事に気づいたのはと夏油、同じタイミングだった。あの男はこちらの生理周期さえ把握していた。生理予定日から一週間が過ぎた頃に夏油は仲間の医者を連れて来た。血液検査で陽性を確認し、再度の拘束は始まった。故意の流産を防ぐ為だと説明された。先読みされたと思った。

ベットに拘束されたは排便もオムツで管理され、食事は流動食になった。それら全て夏油が世話をした。地獄だった。風呂に入る時は両手両足を拘束されたまま夏油と入った。やはり地獄だ。

妊娠陽性発覚から一週間が経過してすぐにつわりが始まった。何を口に入れてもすぐに吐き戻してしまう。何の臭いもダメになった。

嘔吐物が詰まらないよう拘束は解かれたが動く気に慣れない。四六時中吐いては水分を得る。そうしてそれを吐く。夏油は一週間ごとにエコー検診をさせた。徐々に腹の中で人の形になっていく胎児は恐怖の対象となった。

刻一刻と逃げ場がなくなる。そのストレスも大いに関係するのだろうが、つわりはどんどんと悪化した。の身体はみるみる内に痩せていき、恐れた夏油は医者と協議の結果、点滴を打ち様子を見る事にした。それらも全て夏油本人が献身的に看病をする。これは監視の意味もあるのだと気づいていた。

中絶が出来る間に逃げ出したいのだが、腹の中を見透かされており身動きが取れない。そのまま21週が過ぎた。









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妊娠して五か月が経過し、ようやくつわりが収まる時期に差し掛かった。目覚めて吐き気のしなかった朝は流石に感激したが、確実に腹は膨れた。己が身体故に慄く。妊娠した事実を突きつけられたようで動揺した。自らの意思でない為、目に見えるまで妊娠の実感がなかった。

つわりの終わりを夏油は大変喜び、頻りに何か欲しいものはないかと聞いて来るようになった。何も。欲しいものなど何もない。私を返してくれ。頭の中は未だ混乱しており現実を受け入れる事が出来ない。

初期の頃であれば腹部を殴る事が出来たのだろうが、目の見える程腹が膨れた現在、流石に出来る気がしない。恐ろしいのだ。最後まで気の狂えない自身が余りに哀れだ。こんな時にまで正気を保ち何になる。夏油お抱えの医者はそんなの考えを見越していたのだろう。往診の際に「妊娠の話をしよう」と言った。

医者は言った。。君は今、23週目に入ったところだ。随分お腹も出て来たね。血液量も増え息苦しさも覚えているだろう。

昔からの癖で一つの事柄に対し複数の選択肢を探してしまう。それが自らを苦しめているのだと知りつつも。



「妊娠中期だ。そろそろ腹を括りなさい」
「…」
「もう後戻りは出来ないんだよ」



どうにもならない現実を知り初めて心が折れた。私はこれを産む以外の選択肢を持たない。医者と入れ替わりに夏油が顔を出した。壁に張られた3Dエコー写真を見て彼は一喜一憂する。



「素晴らしいね、
「…」
「生命の神秘だ」



そう言い、嬉しそうに腹を撫でるのだ。