この世界という森の奥は



   魔法執行官、本日はとある大企業にて発生した汚職事件の立入調査に立ち会っています。本来はこれが私の仕事です。

まあ、前回はちょいとしくじっちゃって調査対象であるアズール・アーシェングロットにね、呪いの弾丸を撃ち込まれ完全降伏するに至ったわけなんですけど。いや、実際に撃ちこんで来たのはウツボ商会なる謎の者達だったんだけどそんなのはどうでもよくて、問題は私が完全に汚職執行官になってしまった事なんですよ。

前任の執行官が五人も死んでいる事実を考えるに今のままではマジでヤバイ。さっさとこの呪いを解く方法を見つけ出さなければならないといった状況です。

昨日だってアズールに呼び出され仕事帰りに事務所へ寄った。あの男は青年実業家という商売柄来客が多く、先客がいた場合は顔を合わせないようコソコソと部屋の隅で待つ事にしている。というか、呼び出したのはそっちの方なのに来客中ってどういうつもりなのか、と問い詰めたい所だが一枚も二枚も舌のあるアズールに舌戦で勝てる道理もない。

小一時間程待たされようやくだ。細々とした依頼を受けながら今回の汚職事件の話になった。社名を聞いた途端、アズールがこちらを見る。



「あなた、その事件に深入りするのはやめたほうが賢明ですよ」
「いや、でも仕事なんで」
「随分と責任感がおありのようで」



鼻で笑われた。相変わらず性格の悪い男だなと思いながら部屋を出る。あの日以来、は完全にアズールの手駒となっていた。内務資料の横流しから始まりアズール側に不利な証拠の隠蔽。バレれば懲戒解雇間違いない不正の数々だ。

そこをクビになったらうちに来たらいいですよ、とつい先日殺しにかかってきたウツボ商会のジェイドは笑うが、こいつらと一緒に働くだなんて冗談じゃない。命が幾らあっても足りやしないだろう。アズールは当初の予想より滅茶苦茶な指示を出してこない為、まだよしとしている。

今回の汚職事件は人死にが出ておりたちにお鉢が回って来た。元々一族経営の古い会社だったが、会長の息子である二代目社長がギャンブルに手を出し経営が傾いた。廃業を回避すべく手を伸ばした相手が外資のファンドであり、当然彼らは会社を乗っ取った。社長は背任行為で会社を追われ、その後本社ビルから投身自殺した。というのが先方から掲示された話だ。

問題は二代目社長の素行がこの一年で急激に悪化した事で、社内ではまるで人が変わってしまったようだと噂されていた。



「…やあ、初めまして」
「あなたがCEOのバイパーさんですね」



この外資ファンドがまあ素性が知れない。設立はして時間はそう経っていないし出資も不明だ。社長派閥の社員曰く、このCEOが近づいて来てから社長はおかしくなってしまったらしい。ジャミル・バイパー。褐色の肌に艶のある長い髪。思ったより若い男だ。



「おや?貴女とはどこかでお会いしたかな」
「何です?」
「いや、やはり知っているな。オレは君を知っている」



ジャミルはこちらをじっと見ている。その瞬間、思い出した。確かに私はこの男と会っている。昨日アズールの事務所ですれ違った。嘘でしょ…!

そもそも、今回この男とアポイントを取った理由は社内で根強く支持されている『バイパー氏が裏で手をひき二代目社長に放蕩をさせ会社を乗っ取った』という噂の裏を取る為だ。

この外資ファンドの情報は殆どないに等しいが、ジャミル・バイパーと呼ばれる男に関してはキナ臭い噂が山ほどある。アジーム家お抱えのトラブルシューターであり、今回の一件も魔法執行省はアジーム家の持つ油田に関わる権利トラブルの報復処置ではないかと予想している。

ここまで調べ上げているというのに、このままでは全てが台無しになってしまう。一旦引き、体勢を整えようと思ったがこの男、中々こちらを解放してくれない。



「アズールの事務所にいたろ」
「!!」
「魔法執行官のキミが、どうしてあんな男の事務所に?」



最初から分かっていたのだろうにこの言い草だ。余りに太々しすぎる。社長が投身自殺する際、バイパー氏も同席していた。第一発見者は彼になる。彼は止める間もなく社長は飛び降りてしまったのだと証言していた。



「だ、だってあなた現場に居合わせたんですよね!?」
「不可抗力さ、彼は自ら死を選んだ。オレが手を下した証拠でも?」



確かに指紋も出てなければ監視カメラにもバイパー氏が何かをしかけた姿はうつっておらず、社長は自ら身を投げている。そう。この男の有罪を立証する証拠は何一つない。



「それよりもキミ、いいな」
「は?」
「魔法執行官の知り合いが欲しかったんだ」
「いやいや絶対無理だから!あんた犯罪者じゃん!!」
「酷い事を言うな、キミも」



同類なんじゃないのか、と笑う。



「アズールなんかとつるんでるんだ、モラルはないだろ」
「好きでつるんでるわけじゃ」
「呪いでもかけられたんだろ」
「!!」
「あいつのやりそうな真似だ」



バイパー氏はそう言い笑う。そうして、俺はそんな真似はしないぞ、と続け仲良くしようとハグをしてきた。俺ならその呪いを解く事が出来る、と耳側で囁きながら。








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その気になったら連絡してくれと言うジャミルと別れ又してもこうしてアズールの事務所にいる。



「だから言ったでしょう」
「うるさいわね」
「あなたがあの男に敵うわけがないんですよ」
「あんたら知り合いなの?」



テレビからはバイパー氏への疑惑は晴らされたというニュースが流れている。魔法執行省は彼から手を引いたのだ。延々と小言を聞きながら、バイパー氏の言葉を思い出す。当然、アズールには伝えていない。