いつだって本当のこと言えれば苦労しないよ



  夏油の一件は皆に確実なダメージを残した。五条は一見何事もないように振る舞っていたが、確実に様子が変わったし、顔を合わせる先輩方もショックを隠し切れない様子だった。

そんな中、感情の行き場が分からなくなってしまったのはであり、秘密の関係は失われた時にこうもややこしい感情を抱かせるのかと初めて知った。初めて知ったのだが対処法がわからない。

ほんの数日前までこの身に触れていた夏油がもういない。確実にこの肌に触れた男が一晩で112人を殺したのだと言う。私に触れたあの大きな手で?その事実を受け入れる事が出来なかった。

五条の隣の席に座っていたあの広い背中がもうない。心の中にぽっかりと穴が空いたような虚しい感じ。何を食べても味がせずあらゆる事象に不感になると同時にとても無感動になった。

それでも何かあった事を知られてはならない。私と夏油の関係を知る者は一人もいない。五条も連絡を取っていたようだったが、夏油の携帯はすぐに通じなくなった。新宿で硝子の前に姿を見せ、その後五条は夏油と会ったらしい。は会っていない。事件の数日前の高専の地下準備室でセックスをした、その時が最後だ。そんな素振りはまったく見せなかったというのに。

毎日をどうにかやり過ごし、何事もなかったかのように振る舞う。硝子に誘われ合コンにも行ったし、数人の男と付き合いもした。徐々に、僅かながら日常を取り戻そうと必死だった。

それでも自室に戻ればあの日が蘇る。激しい雨の日。あの男はこの部屋で私を抱いた。このベットで夏油越しに見えた天井は未だ変わらない。夜になればこの部屋で眠る事になるし、そうなると否応なしに夏油を思い出す。

新しい出会いは数か月で破局を迎える。何度も、何度も。別に相手が悪いわけではなく、自分だけの問題なのだと知っていた。









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高専卒業後は逃げるように留学した。某国で呪術師をしている親戚のツテを使い、あちらの学校へ進学したからだ。皆、の進学先が国外とは知らず驚いていたし、それは余りに急な話だった為、送別会も出来なかった。正直な所、それでよかったというのが本心だ。一刻も早くこの場所を離れないと心が壊れてしまうと恐れていた。

そのまま二年が経過し、日本の大学へ編入すべく一旦帰国した。硝子とはSNSで繋がっており、彼女はそのタイミングで声をかけてきたのだ。二年の間にある程度心は落ち着き、昔の友人に会って見たくもあった。

久々に訪れたターミナル駅は相変わらず沢山の人間で溢れており面食らう。駅前の喫煙所で硝子は待っていた。少し痩せた、髪が伸びた。そんな事を言い合いながら店へ向かう。

卒業後、硝子と五条は其々別の大学に進学したらしい。五条が大学へ進学したのは意外だった。 どうやら今日は互いの大学の友達を誘った飲み会に参加するようだ。

到着した飲み会の場で五条を見かけるが彼は女性陣に囲まれており、まぁ別に挨拶は後からでもいいかとそのまま硝子の隣に座る。日本の大学生の飲み会を目の当たりにした事がなかったのだが、高専と大差ないなと納得した。 数時間後には既視感のある死屍累々が広がった。

目の前には完全に酔い潰れた見知らぬ男が眠っているし、隣には半分眠っている硝子が机に向かい何事か喋っている。これは片付けも大変だと思いながらトイレに立つ。

大学生御用達の店らしく、店員は慣れた様子だった。 店内のトイレはどこぞの学生が酔い潰れて占領しており(三つある個室全てがだ)店から出てテナントビルのトイレを探した。

非常階段から一つ下の階に降りると灯りの消えたフロアの中にトイレがあった。とりあえずここでいいかと用を足す。トイレから出るとすぐそこに五条がいた。非常灯の明かりしかない中、大男が立っていれば流石に一瞬息が詰まる。



「ひ、」



ひさしぶり。そう言いかけた瞬間に五条が腕を掴んだ。そのまま灯りの消えた男子トイレへ進む。



「男子トイレだって!ねえ!」
「知ってるっつーの」



個室のドアが閉まり五条がサングラスを外す。あの水色の眼がこちらを見下ろしている。眠そうにしている所を見ればしこたま酔っているのだろう。五条は余り酒が強くない。



「ちょ、何!?」
「何?って、何」
「酔ってるの五条」
「酔ってるよ」



酔ってるよ、と言う五条はこちらをぎゅっと抱き締める。酒臭い吐息の中、不用意に互いの鼓動だけが聞こえた。



「おかえり、
「た、ただいま…」



この男、こんな酔い方をしていたっけと思いながら言葉を返す。おかえり、おかえりと繰り返す五条があ、と呟きこちらの左耳を舐め噛んだ。思わず声が漏れる。



「…これ、まだつけてんの」
「え?」
「傑から貰ったんだろ」
「!」
「てか、あれか。そもそも傑が開けたんだもんな」



やはり五条は気付いていたのだ。



「ちょっと、五条」
「何なの?付き合ってた?」
「悪酔いしすぎだって」
「あいつとはヤってた癖に」



五条の手が徐にの首を掴む。そのまま僅かに力を入れ顎を上げさせた。左手は掴まれ壁に押し付けられている。酒臭い舌で唇を舐めそのまま口付けられた。

五条の舌は燃えるように熱い。まるで貪るように口内を犯す。こちらも体内にアルコールが蓄積している分感度は上がっている。どうにか逃れようと身体を揺さぶるが、がっちり押さえつけられている為身動きが取れない。



「やめ、ご」
「はい、ほら、後ろ向いてー」
「あ、」



便器の蓋を下ろしそこに片足を乗せる。そのまま奥の棚部分を掴ませた。背後から首筋を舐め噛み、もどかしそうに下着をずらす。

は嫌だ、だとか止めて、だとか、何だかそんな事を言っていたようだがこちらが無造作に指先を滑らせている内に声を殺すようになった。

普段ならこんな雑な真似はしないんだけど、と心の中で誰に言うわけでもない言い訳をしながら挿入する。やだ、とが小さく呻いた。の膣もそう濡れているわけではなかったが入口付近は随分と柔らかくなっており、ぐっと力を入れながら奥まで挿入する。が震えながら大きく息を吐いた。

このフロアは穴場で、上の居酒屋が閉店するまで入る事が出来る。だけれど非常灯しかついていないのでよっぽどの事情がない限り近づく女はいない。例えばこののように暗闇に慣れているだとか、そんな獲物を狙っている俺みたいなよくない輩だとか。

必死に声を抑えているを見ていれば何だか悪戯心が鎌首を擡げる。動きを止めぐっと身体を密着させた。そのまま指先で結合部付近を撫でる。



「やっ、ぁ」
「すげー濡れてる、気持ちいい?」



すぐにイかせないよう指先が触れるか触れないかの微妙なタッチのままクリトリスの周りを撫でれば膣内が幾度も締まった。可愛いなぁ、と何度も声に出す。あと一押しでイきそうな波をジリジリと幾度も呼び起こしその様を眺める。別にそういう性癖ってわけじゃないんだけど。多分。



「つきあって、ない」
「え?」
「夏油だって、彼女が、いた」
「はっ」



五条が笑う。



「いねーって、彼女なんて」
「嘘、だって」



そんな顔するなよ。今まさに俺とヤっときながらそんな、恋してる顔。するな。



「お前の事が好きだったんだよ、傑は。何でわかんねーかな」
「だって、んぐ」



五条の指が口の中に押し込まれ、それ以上喋るなと言わんばかりに動き出す。奥の方に叩き付ける衝撃に意識が奪われながらも、ふと思い出す記憶。『…私の事が好きだから?』あの時、夏油はどんな顔をしていた?

思い出そうとしても、今体内で暴れている五条がそれを許さない。上擦った声で五条が呟く。



「俺も好きだった」
「今でも好き」
「お前が」



傑がの事を好きだと知っていた。傑はこちらの事情を一切知らなかったはずだ。先にを好きになったのはどちらだとか、そんな事を言い出すつもりはない。そんな気は毛頭ない。お前たちが幸せなら俺は、それはそれでよかったというのに。それなのにやる事だけやっといて、肝心の心は置き去りなんてあいつらしい。

あの一件での心は置き去られ、何となくだがこちらも気が引けた。傑がいなくなった後もはピアスを外さなかったからだ。

高専卒業後、は逃げるように日本を出た。こちらの燻る恋心も一旦はそれで終了。大学に入り最高な日々を送る。まぁほら、俺ほどになると滅茶苦茶モテるしね。当たり前だけど。そんなのは今に始まった話じゃないんだけど。

そうして2年ぶりの再会。まさか自分でもこんな事になるなんて思いもしなかった。焼け木杭に火をつけろ、なんて言うけれどあれは真理に近いのだ。

は未だ傑から貰ったピアスをつけていた。そりゃもう、堪んないでしょ、そんなの。俺は待った。ずっと我慢して、耐えて、待った。もう、いいでしょ。

背後からをぎゅっと抱きしめながら射精した。もう全然こんな予定じゃない、の事なんてまったく考えていないような身勝手なセックスだ。ていうか中で出したし。何やってんだろうな本当に。

実際セックスの最中から酔いは醒めてきていて、こいつはとんでもない事になっているなと自覚していた。だってもうお前が悪いって。急に帰ってくるし、なんかまだそのくだんねーピアスしてるし。

はあはあと荒い息の中、ぐったりとしたから性器を抜く。ボタボタと体液が零れ落ちた。そのまま便座の蓋に座りを膝に乗せ、ピアスを外す。



「これ、俺が預かっとくわ」
「…え?」
「もうさ、それ、塞いじゃえよ。それがいいって。あ、じゃあ決めた。今日からピアス禁止って事でよろしくー」



言われて気づく。ピアスがない。



「返して!」
「だーめ。こんなんあるからまだ引きずるんだろ」
「そんなの、五条に言われたくないんだけど。返してよ」
「返して欲しけりゃうちにおいでよ。俺から取り返してみてよ。あ、同棲とかしちゃう?やべー大学生あるあるすぎ」



下らない事ばかり言う五条は一向にピアスを返してくれない。交換とでもいうように事後ピルを貰い飲む。備えあれば患いなしって言うでしょ、と五条は言うが、こんなものを常備しているだなんて素行が伺える。



「俺はちゃんと言うけど」
「何」
「俺と付き合ってよ、



長い夜が明けようとしていた。