超えられないこの高き壁を



  あの最悪の夜に行われた告白から二月後だ。編入の手続きも終え日本に帰って来たは五条と付き合い始めた。というよりもまず、空港に迎えに来ていた五条が半ば強引に自分の住んでいるマンションにを拉致、告白の返事を貰うまでここから出しませんと宣言したのだ。曖昧に誤魔化してなかった事にしようとしたの腹の内を完全に読んでいた。


まだ部屋も借りていなかったし、最初の内は数日五条のマンションに泊まり部屋を決めようかなという安易な気持ちでいた。結果的にそれが二度目のセックスや五条二度目になる渾身の告白に繋がり最終的に付き合う形に落ち着いたわけだ。


付き合いだしてすぐは調子が良かった。五条は明るい男だし自由で気侭だ。今日はどこへ行こう、明日はどこへ。同じ大学に通っている事も手伝い四六時中一緒にいた。無意識にピアス穴を触る癖は抜けず気づけば触れている。その事に気づいていなかった。


最初の内は収まっていたが、五条の浮気癖が疼き出すのにそう時間はかからなかった。そういえばこういう男だったと思い出す。高専時代もそれで幾度となくトラブルに見舞われていたのではなかったか。数年離れていたせいですっかり忘れていた。


五条は色んな女と散々遊ぶ。別にこちらは遊んでくれるなとも嫌だとも確かに言っていない。あれはモテるし、本人にもその自覚が十分にある。特定の彼女を作る事のなかった(らしい)五条にどうやら彼女が出来た、という噂はすぐに広まった。


色んな女達が五条を遊びに誘い、五条もそれにこたえる。SNSで明らかに匂わせのような投稿をされたり五条のLINEから見知らぬ女からのメッセージが入ってきたりと枚挙に暇はなかった。


それでも五条は何食わぬ顔で必ずの元に帰ってくる。数日連絡が取れない五条に愛想を尽かし別に住む場所を借りようとしたを追いかける程度には執着していた。悪いと思っているのか思っていないのか、五条は必ず謝る。



「嫌だったらもうやんないんだけど、は怒ってんの?」
「別に怒ってないよ」
「じゃあ、何が嫌なの」
「別に嫌じゃ、」



正直な所、まだ気持ちの整理がついていない。夏油の事を思い出す。それだけは言ってはならないのだろうと分かっていた。


見知らぬ読モの女から五条と別れて、という内容の電話を受けた後、大して飲めもしない酒でほろ酔い気分になり帰って来た五条とセックスをする。大体数日置きにそんな繰り返しだ。


新生活の忙しさもあり、日々に忙殺される。五条と出かける回数も減り、で自身の交友関係を広げ出す。


五条は五条で思う所があった。大体セックスした後だ。夜中に泣いているを幾度も見かけた。最初は驚いて、その次に理解する。その涙は誰の為に流されている?俺じゃない事だけは確かだ。



「あのさ」
「何?」
「お前、まったく責めないじゃん」
「何が」
「俺の浮気」
「何?自覚あったの?」



は心底呆れたような表情でこちらを見ている。



「だから浮気すんだけど」
「はあ?」
「お前がそんなだから」



こちらが言及する前にまさか五条側から話を切り出されるとは思わなかった。五条はパーカーを羽織りながら一人喋り続けている。どうせ今日もこれからどこぞの飲み会に行くのだろう。そういう時、五条は必ず腰の辺りに香水をつける。



さ、いつになったら俺を好きになるの?」
「よく言うよね」
「俺はこんなに好きなのに」



そう言い出かける五条を見送りながら、好きになったら傷つくだけなんだろうなと思う。誰だってそうだ。好きになれば傷つく。五条も、傷ついているとでも言うつもりなのだろうか。









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それでも歳月と共に互いに情は深まり、五条の浮気癖もなんとなく落ち着くような素振りを見せた、かと思いきや、彼は好きだ好きだと言いながら他の女と遊ぶ。恐らく彼はそういう男で、愛するには値しない男なのかも知れない。


恋愛感情の絡まない関係の時は気にならなかったズレが日に日にを疲弊させていく。五条は飾らないし、関係性によって付き合い方を変えない。誰よりも正直で偽らない。問題は、その対象が全て自分自身だという事だ。


当初恐れていた通り、五条を好きになればなる程に傷つく度合いが増えた。もうSNSの類は一切触らないようにしているし、見知らぬ着信には出ない。五条が返って来ない夜はも誰かと遊ぶ。


そんな、何にもならない無意味なやり取りを重ねているのに五条はとの付き合いを公言し、実家に連れて行くという真似までやってのけた。



「どこに行くの」
「いいからいいから」
「いや、遠出するって事?着替えとかないんだけど」
「だいじょーぶだいじょーぶ」



五条の言葉は一切信用に値しない。連れて行かれたのは五条家だ。絶対に嫌だとごねるも、もう行くって言っちゃってるからの一点張り。


初めてお邪魔した五条家は予想通り、否、予想以上に針の筵だった。分かってはいたが最悪だ。表向き歓迎したように見えたがそれは単に余り実家に寄り付かない息子が顔を出した事を喜んでいるだけで、暗に学生の間のお遊びならば許しますよ、という言葉を頂戴しお茶の味もしない。


それなのにこの空気を読まない男は、いや結婚するから、と返し五条家が騒然とした。逃げる様に五条家を後にしたわけだが(五条は一人、見た!?あの顔!と笑っていた)その日以来、五条家より執拗な連絡を受けている。


何故かの実家にも連絡がいっており、隠していた五条との付き合いがばれた。実家の方はまさかあの五条家と、と驚きを隠せない様子だった。賛成や反対というよりも、父親も母親も心配が先に出ており、この呪術界に於ける御三家の力を嫌と言う程思い知る。



「何、言ってなかったの?」
「わざわざ言わなくない?」
「何で」
「だって」



電話を切った傍から五条が絡んで来る。



「ていうか、何で結婚するとか言ったの」
「先に言っといた方がいーじゃん、そういうの」
「あんたの実家から毎日鬼電なんだけど」
「シカトしとけば」
「あのさ」
「ていうか何、お前俺と結婚したくないの?」



五条はじっとこちらを見ている。あの水色の眼でこちら見つめそんな事を言う。己の素行を省みもせずに。それなのに即答できなかったを見て傷ついた顔をするのだ。狡い、狡い男。


そのまま五条は部屋を出て行った。何もかもが五条のペースで進む。それがいいのか悪いのかも分からない。初めて五条の事で泣いた。ドアの外に五条がまだ立っている事は知らなかった。