痛みが優しく君の手を握った



  その後、珍しく五条の方から謝ってきた。口先ではすぐにごめんごめんと謝る男だが、謝罪となると受けた礼がなく、若しかしたら初めてかも知れない。驚き拍子に受け入れ危うい関係を続ける。


五条なりに反省したのか、それ以降は突拍子もない真似をする事は減った。こうも危うい関係を続ける理由があるはずだ。互いにどこか寂しいのだろうなと思う。


珍しい事は続き、その次の週末には二人で銀座へ向かった。とある老舗の宝石店に行くのだと言う。五条は高価なものを身に着ける事が多かった為、アクセサリーの取り置きでもしているのかと思い同行する。


店に入ればすぐに店長が飛んできて、五条家の力を思い知った。店長が差し出したのは例のエメラルドグリーンの箱で、五条はその場で箱を開けの右薬指にナローリングをはめた。



「これ、お詫びね」
「いいよ、こんな」
「お揃い」



まるで首輪みたいだと笑った五条は、その日以来、右手薬指にナローリングをつけるようになった。










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そんなある日、と五条2人に任務が任された。古い廃墟病院が現場だ呪霊の等級は高くないが兎に角数が多い。2人、別々の位置から呪霊を狩る事にした。


数百年前に刑場だった場所に建てられていた病院で、地下室に祀られていたとされる呪具の回収も任されていた。 有象無象の呪霊達はその呪具から湧き出ている。まず五条がその回収へ向かい呪霊の頭数を減らす作戦だ。


老朽化の進んだ廃墟の為、余り乱暴な真似は出来ないようで流石に五条も慎重に事を運んでいるようだ。 とはいえ、通話しながらのんびりと探している。あらかた片付いたから早くしてよ、と言いながら離れの実験棟に足を踏み入れる。


最初、それは影だと思った。次に呪霊かと思い距離を詰める。



『もしもし?もしもーし!』
「夏油」
『え?何?』



ぬっと立ち上がった男は袈裟姿で、こちらに気づくとやぁ、と手を振った。一瞬どうしていいか分からなくなり反応が遅れた。その間に夏油は距離を詰めの真向いに立つ。



「久しぶりに会ったんだ、つもる話もあるだろう?」
?』



の右手にあるスマホから五条の声が聞こえる。一瞬視線を落とし奪い取った。そのまま通話を切る。



「…悟から貰ったのかい?」



の指輪を見て夏油が言う。反射的に隠した。近づく夏油から逃げる様にジリジリと後退る。すぐに壁に背が付いた。



「見せてご覧」
「…!」
「ほら」




の手を掴み指先から口付ける。



「やめて、やめてよ夏油」
「どうした、。そんなに取り乱して」



夏油がの左耳を触る。彼はすぐにピアスがない事に気づいた。



「ピアスはどうした」



穴も塞がりかけている。



、ピアスはどうした?」



五条に奪われたと言えない。上手い言い訳を探すも出て来ず、両手首を掴まれ壁に押しつけられた。やめて。呟く。



「随分薄情じゃないか」
「夏油」



私はお前が、と言いかけてやめる。バカな真似だ。必死に逃げないを前に口付けた。は、抵抗しなかった。ゆっくりと口付け僅かに開いた唇の隙間から舌を入れる。逃げるの舌を追いかけ唇を貪った。手首を掴んだ両手はそのまま手のひらを重ね指先を握る。



「じっとして」
「何…」
「動くな」



左耳に何かが押し付けられ一瞬だが痛みが生じる。プツリと皮が千切れる音がした。



「一度開いた穴はそう簡単には塞がらない」
「…」
「多少の痛みは覚悟の上だろ」



よく似合っていると夏油は笑う。記憶に残るあの笑顔だ。あの時、鏡越しに見えた夏油の顔。恐る恐る左耳に手を伸ばせば小さなピアスが刺さっていた。どうして、と呟く。


この空白の数年をどうしても埋める事が出来ない。目前の夏油は稀代の呪詛師となった。この手で数多の人を殺め今も尚、潜伏を続けている。五条が夜中、思い出している事も知っている。彼はあれ以来、誰かと親しく付き合う事をやめた。 感情ばかりが先走り言葉にならない。


どうして私達、こんな事になってしまったの。夏油が当たり前のように触れて来た。恐らく、最初から抵抗する気などなかった。









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のスマホは延々五条からの着信を受けている。着信履歴の数は10を越えた。暗い室内を着信の度にぼんやりと照らす。


地面で鳴り響くスマホの横、夏油に押し潰されるような形でセックスをしている。抵抗する気はなさそうだが、やはりいざとなると気が引けて逃げ腰になったを捕まえ上から押し付け自由を奪った。 先程開けたばかりのピアスごと耳朶を舐め噛む。廃墟にはの声が響いており否が応にも興奮した。


あの頃は場所も選べずは常に声を殺していた。あの、豪雨の一日以外は全て。何もかもが全て遥か昔の淡い思い出だ。確か、全て自分で壊した。浅く動きながら手を伸ばスピーカーにして応答する。



「や、悟。久しぶり」
『傑!?』
「たまたまに会ってね、旧知の仲を深めているところさ」



五条に話しかけている夏油は動きを止めない。必死に声を抑える。



『「!そこにいるんだろ!』
「返事をしたらどうだい」



口を開けば確実にバレる。必死に首を振った。



「話したくないってさ」
『は!?ふざけ、』
「ケンカでもしてるのか?に優しくしてやれよ、悟」
『お前が言うかね』



声を殺しているので酸欠状態の脳で二人の会話をぼんやりと聞いていた。五条と夏油が話しているなんて夢のようだ。傑が背後からを強く抱き締める。あの雨の日のフラッシュバック。あの時も夏油はこの身を強く抱き締めたのではなかったか。



『お前、になんかしてたらマジぶっ殺すからな!?』
「物騒だなぁ」
『てかさ、も何とか言えよ!』
「ハハ。後から本人に聞けよ悟」



夏油の手のひらがの口を押さえ、その後すぐに夏油はイったようだ。きつく抱き締めながら首筋を強く噛む。夏油も声を殺した。



『おい!おい!!」』



はぁはぁと荒い呼吸の中、五条の声だけが木霊する。



「……そろそろお暇するよ」
『は!?』
「じゃあな、悟」
『ふざけ、』



通話を切り、そのまま床に寝転がる。夏油は腕を離さない。耳側でばれたかな、と笑う。



「私、夏油の事好きだったよ」
「知ってる」
「夏油は彼女、いるの」
「………」



長い沈黙の後、いるよ。夏油は唇のすぐそこでそう呟きながら口付けた。









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夏油に再度開けられたピアス穴がじんじんと痛む。口付けた夏油はすぐに身を起こし、じゃあな、とだけ言い消えた。追いかける気にもならないし、五条からの着信を受ける気力もない。何事もなかったかのように振る舞うべく身なりだけは整えた。


五条はじき私を見つけるだろう。そうしてあの目で私を見る。あの時と同じく一点だけをじっと見つめそうして。何と言うのだろう。