静かに世界は音を閉じて



  夏油には彼女がいる。直接会った事はないのだけれど所謂幼馴染というやつらしく、高専に入るまでは二人同じ学校で、中学の一年後半から付き合っているらしい。割とまめにLINEを送り合っているし、夜には電話もしている。


長期休暇の際、実家に帰省する夏油は隣に住むその彼女と会うわけで、家族ぐるみで仲のいい両家はやれ食事に行ったり、だとかキャンプに行ったり、だとか少ない休みを目いっぱい使うようだ。


私はといえば離婚した両親は共に激務で高専に追っ払った娘の事など忘れ暮らしているらしく、長期休暇に帰省するみんなを見送り寮へ戻る。


まあ、うちの両親の事を一概に悪くは言えない。彼らは互いに呪術師として独立し其々がそれなりの知名度を持って世界中を駆けずり回っているのだ。


出会いがどうかは知らないが、物心がついた頃にはとっくに不仲で、よく怒鳴り合っていたし5歳の頃には父親が家を出て行った。どうぞあの女によろしく。母親はそう笑いグラスを投げつけていたのではなかったか。


そんな環境に育った為、は母親から散々と言い聞かせられた。男なんて信用するな、お前には才能がある、一人でも生きて行ける強い女になれ。酒を飲み泣きながらそう繰り返す当の母親は数年後に新しい男を見つけを捨てるわけなのだけれど、その頃には既に諦めを覚えていたはやはりそんなものなのだ、と思うに至った。私も人生もそんなもの、価値はないのだ、と。


その後、遠縁の叔父に引き取られたは特に愛される事も蔑ろにされる事もないまま高専へ入学した。後々よく話を聞いてみれば、その叔父というのは何の血縁もない男であり、のように呪力があるが環境に恵まれていない子供を養育し高専へ流す業者だったらしい。それならばあの無関心さも納得だ。



「あんた帰んなくていいの」
「だって一人じゃーん」
「どうせ又ケンカでもしたんでしょ」
「正解」



長期休暇の度に実家と揉める五条はこうして休みの最初の数日だけ寮にいる。毎度ながら実家側が折れ五条を迎えに来るまでここにいる。



「まだ傑と続いてんの」
「さぁ」
「あいつ結構露骨だからさ、分かるよな」
「何?あんたにまだ言ってないんだ」
「言わないねェ」



わざわざセフレの話なんかしないでしょ。しかも身内だし。五条は忌憚ない意見を言う。確かにそれは事実だ。何ひとつ曇りのない事実。


私は夏油とセックスをしている。所謂セフレの関係だ。というか、まあ好きなのだ。彼女がいる事を知っていてこういう関係を選んだ。



「お前が逆にヤベーって」
「知ってるけど」
「あいつ絶対別れないじゃん」
「あー」
「そもそもセフレから彼女に昇格しねーから」
「知ってるって!」



しくじったのだ。しくじったな、とは思っている。これはもう悪手中の悪手で、今のところリカバリする方法はない。取り返しはつかない。


夏油が彼女と喧嘩をしている時を狙った。格好のタイミングだと思った。夏油だってこちらの思惑には気づいていたはずだ。



「どうすんの、休み明けに婚約しましたーとか言われたら」
「うっさいって」
「お前それでも続けそー」
「多分そうだろうね」
「急にテンション落ちるから」
「今更無理だって」



きっと最後には夏油の方から終わりを告げて来る。理由は何でもいい。それこそ彼女と結婚するだとか、単純に飽きたとか、私が煩わしくなった、だとか。五条のように直接伝えなくともオブラートに包み別れを切り出す。夏油がこちらを選ばないと最初から知っているからだ。


セックスの最中に鳴るLINEの受信音や少し離れた所で折り返す夏油の姿。全てが自己嫌悪の具現化のようで気が滅入る。



「まあ、傑も狡いからね」
「失敗した」
「お前も相当だけどな」
「本当それ」



まあ、そんなこんなでこうして私は実母の嫌う実母によく似た女になった。彼女によろしくって言っといてね。何て笑いながら夏油を見送る自分が何より気持ちが悪く、そんな私をどういう気持ちで夏油が見ているのかまったくわからない。只、夏油が五条に話していないという事はそういう事だ。


僅かな望みは儚く消え、後に残るのは飲み下せない程苦い感情だけで、それを飲み下せよと言わんばかりに五条はアイスコーヒーを差し出す。ラテしか飲めないんだって。そう呟きながら一気に飲み干した。