紙でできた船は沈むのか



  その男と初めて会ったのはいつも使っているマッチングアプリにメッセージが来たからだ。ホ別10、別途要相談。それだけの短いメッセージで、相場よりも遥かに高い金額に疑いの眼差しを向ける。


最初はシカトして、一週間後に又同じ内容のメッセージが届いた。金額も変わらず、只今度はホテルの部屋番号まで追記されていた。


有名なシティホテルで、階数から見ても高い部屋だ。まあ、このてのホテルであれば何かあった時にもセキュリティがある程度しっかりしているし、冷やかし序でに顔でも見てやるかと足を運んだわけだ。


途中の階からエレベーターにロックがかかるタイプのホテルで、男はエレベーターホールまで迎えに来た。酷く若く驚いた。それに随分いい男だ。


この段階で客としての要素はゼロ、にわかにきな臭さを感じる。露骨に警戒心を抱いたに対し、男は笑いながら、そう警戒するなよと告げた。



「…あんた、何?」
「そう焦るなよ」
「部屋、行きたくないんだけど」
「金は払うさ」



先払いだと札を裸で押し付けられる。



「事件臭しかしないんだけど」
「鋭いな」



猿の割には。



「今、何つった?」
「猿」



男は涼しい顔をしながらもう一度、猿、と呟きカードキーをかざした。








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お前みたいな猿とヤるつもりはないんだ。部屋に入ってすぐに男はそう言った。廊下で受け取った札を仕舞いながら、とりあえず猿って何。そう返す。



「お前みたいな奴の事だよ」
「そっちだっておじさんじゃん」



私から見たら完全に猿以下なんだけど。飽きれたようにそう言い笑う。彼女は確か17歳で、その若さと恵まれた肢体を武器に男達を手玉に取る。簡単に言えば支配層向けの娼婦といったところか。


どうしても手に入れたい呪物があった。それがそうとは認識されないまま現在とある財団に貯蔵されている。物の価値も分からぬのに古さだけで文化財認定だ。


どうにか手に入れんと探っている最中、このに行き当たった。こざかしそうな眼差しではこちらを見上げる。



「あんた、名前は」
「夏油」
「何それ、偽名?」
「君だって本名じゃないだろ」
「まあどっちでもいいけど。要件、何?」
「コイツ、知ってるだろ」
「太客D」
「単刀直入に言うが、コイツの弱みを握りたいんだ」
「えぇ…」



太客Dは支払いも見た目もまごう事無く太客であり、その他の太客達同様キモイ。奴の仕事が何かは知らないが(ダラダラ喋っていたような気もするが、基本的に奴らの会話は一つも聞いていない。詰まらないのだ)最近、他にも男がいるのか、だなんてキモ過ぎる発言が増えても来ている。



「別に金さえくれればどうでもいいよ」
「交渉成立だな」
「で、どーすんの」
「そいつを呼び出してくれ」
「で」
「後は私に任せればいい」



そう。後は私に任せればいい、とこの男は確かに言ったはずだ。あっそう、とこちらは返したはずで、すぐにLINEで男に連絡を取った。


この部屋に呼び出せと夏油は言ったのだし、確かにこちらも詳しく聞かずに言われるがままだった。興味がない事に割く神経がない。


そうして今だ。他の男と来たんじゃないかとハナから疑ってかかる男に(まあ、それは当たっているのだけれど)力づくで犯されている。最後になるなら、だとか何かもう色々言っていたけれどよく聞き取れなかった。


こいつマジで最悪なんだけど、と思いながらさっさと助けに入れよと夏油のいる方向に視線を向ける。夏油はそこにいた。無理矢理挿入される痛みに顔が歪む。



「ちょっとお前、ふざけんなよ!!」
「お前に幾ら貢いだと思ってんだ!」



別に夏油が助けてくれるだなんて期待はしていなかった。初対面でこちらを猿と呼ぶ男だし、そもそも怪しすぎる。


こちらが無理矢理やられている場面をじっと見ていた夏油は、男が射精するまでどうやら動画を撮っていたらしい。最悪のハメ撮りじゃん。マジで。


その後、拍手をしながら颯爽と登場した夏油は男を脅し、何だっけ?国宝?に近づく約束を取り付けた。そんな事の為にあいつに無理矢理犯されたのかと思うと笑えてくる。


しかしあの男、逃げる様にこの部屋を出て行ってすぐに『又会える?』なんてLINEを送って来るんだから完全にどうかしている。飽きれながらふと夏油に視線を向けた。



「勃ってんじゃん」
「…!」



思わず笑う。



「猿の交尾、そんなに良かった?」
「黙れよ」
「あんた相当屈折してるね」



舌を出しながら抜いてあげようかと続けるに夏油は何も言わず、指先で夏油を差したは彼の前に跪いた。ズボンに手をかけ一気におろす。夏油はじっとこちらを見つめている。



「デカ」
「黙って咥えろよ」



の舌が触れ、とりあえず入る分だけ口内に含む。こちらが見ている事を知っているからかも視線を外さない。高い金を取り続けるには理由があるという事か。この業界では若くない歳だ。年齢にそぐわない技術も持ち合わせる。


喉の奥まで押し込み舌先で裏筋から亀頭部分を嬲った。夏油の手がの頭を掴み喉の奥まで押し付ける。その余裕のある顔だ。それに腹が立った。


グッと喉を鳴らしたは粘度の高い唾液を垂らしながらそれに耐える。猿相手に強引なイラマチオ。似合いだ。そのまま口内に出す。こんな、何の情もない射精でも感覚は変わらない。人は下らない生き物だ。



「最悪だよ、お前に抜かれるなんて」
「はは、さいってー」



口元を拭いながらがそう言い、口の中の精子を吐き出した。









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それから先は特に何ともない話だ。とはあれ以来会っていないし、無事に 呪物も手に入った。



「早く早くー!」
「はいはい」



菜々子と美々子に連れられ新しいタピオカの店に行くのだと、又しても竹下通りに顔を出した夏油は猿ばかりの通りを眺める。狭い通りに何ともぎゅうぎゅうな猿の群れだ。


ふと視線を落とす。数メートル先にがいた。その隣には菜々子と美々子。の右手にもタピオカミルクが握られている。


「こっちだってー!」
「どれにするー!?」



両手を振り上げこちらを呼ぶ二人の隣、じっと見つめながら歩くがいる。すぐに行くよと声をかける夏油の横を通り過ぎがてら、おっさんはパス。の声が聞こえる。振返らずに黙れ猿、夏油も呟き笑った。