ちょっと一言投げかけて
何、あんた死ぬ気なの。背後から声をかけられ驚く事もない。ガラスに彼の姿がうつっていたからだ。
スカイツリーに集客を奪われた東京タワーは地味に人気が出ている、というどこ情報か分からない噂を頼りに芝浜までやって来た。地味な人気という噂通り、それなりの人々が思い思いにイルミネーションを眺めており、丁度いい込み具合だなと感じていたのだ。
つい先日、結婚を約束していた相手が失踪した。一年前から披露宴代として貯めていた400万円と共にドロンだ。が200万、相手が200万。相手が使っていない口座に貯めていた事が仇になった。結婚を目前に控え信用し切っていたのだと思う。
彼との付き合いは二年半。とある婚活パーティで出会った所謂『普通の』サラリーマンだった。はずだ。実家は東北の方で、大学進学で東京に来てそのまま就職したと言っていた。
「何しに来たの」
「別に」
「夜景なんて興味ない癖に」
イルミネーションを楽しんでいる他の客が遠巻きに見ている。こんなにもガラの悪い男が声をかけているのだ。事件だと思われても仕方がない。この丑嶋馨という男は昔からこうだし、似つかわしくもないこんな場所に来たとしても変わる事はないのだ。
闇金を営んでいるこの男と関わり合いはない。只、昔からの知り合いというだけでそれ以上は何も、
「お前の男、飛んだよ」
「……」
「今、柄崎が追ってる」
明日には捕まるんじゃねーの、と彼は言う。そんな事、私に言ってどうするつもりなの。どうしてそんな事言うのよ。馨。
一人でイルミネーションを見に来ている哀れな女は自分位のもので、周りを見渡せば疎らな客は大体がカップルか少なくとも友達同士だ。東京は孤独な街だと言うが、人々は小さな共同体を作り身を寄せ合い生きている。それはきっとも同じで、誰かと身を寄せ合い生きてみたかっただけだ。それなのに、
「金、持ってかれたろ」
「知ってたの?」
「あいつは元々、ウチの客だからな」
「教えてくれたらよかったのに」
「客の情報を教えるバカはいないだろ」
「だったら、」
どうして放っといてくれなかったの、とは言った。きっとこの男は最初からこうなる事を知っていた。
「別に俺ァお前の親でも何でもねー」
「だったら、」
何だと言うのか。友達でも恋人でもなく、只の古い知り合いだとでも言うのか。生まれ育ったあの街が死ぬほど嫌いで、二度と戻って堪るかという思いで東京へ出た。薄汚れ暴力に塗れたクソみたいな街だ。馨とは中学時代からの知り合いで、彼が途中で姿を晦ますまでたまに会話を交わしていた。
彼が地元で闇金業を営んでいると聞いたのは大学二年の頃で、成人式にも出なかったはそうなんだ、と余り気にしていなかった。兎に角、あの街を忘れたかったからだ。
だけれど、あの街は中々を忘れない。忘れてくれない。度々訪れる地元絡みのトラブルの影に馨がいた。最初は馨絡みなのかと疑いもしたが、どうやら馨が解決してくれているようだとすぐに気づいた。
何故。率直にそう思った。彼はが地元を捨てた事を知っている。
「知らねーよ」
「馨」
「ウチの債権分、回収したら残りはお前に渡すから」
連絡するわ、と告げた馨の姿が小さく消えてゆく。こうして遠回しに私を助けているのか、それとも責めているのか。
少なくとも馨はわざわざあの街を離れここまで話をしに来た。その事実をどう受け止めて良いのかだけが分からずに滲んだ夜景を見つめていた。