女神のきまぐれにつき

   どこから来たのか素性の知れない娘は、年相応、否、それ以上に化ける事にご執心で、その辺りの感性が気に入った。当然このナイトレイブンカレッジにて常日頃からスキンケアがどうの、だとか新作のリップが、だとか。そんな会話が出て来る事はない。目的の為に化粧をする事はあっても、美しさを保つ為に必要とされてはいないからだ。

偶々、食堂ですれ違った際に、基礎化粧品って何を使ってるんですか。そう聞かれ心がときめいた。こちらに声をかけてきた娘はじっと顔を覗き込み、本当にキレイ。そう呟いたからだ。

言われ慣れているはずの美しいというその言葉が頭から離れず、それからはこうして週に一度、ポムフィオーレ寮に招くようになった。興味本位で矢継ぎ早に言葉を投げて来る娘の事は気に入っている。大鏡の前に座らせ、ヴィル直々にフェイシャルエステやメイクを施してやる程度には気に入っているはずだ。

指先から伝わる皮膚の弾力やキメの細かさ。唇の柔らかさ。楽にするのよと囁くヴィルに全身を預けるは無防備すぎる。


「…アンタここどうしたの」
「あー…」
「ヤダ、野暮な事、聞いちゃったわね」


マッサージをする為に露出した鎖骨周りに薄っすらと桃色の痣が見えた。野暮な事とはそれだ。確か、サバナクローの寮長辺りと噂になっていた。真意の程などどうでもいい。今このとき、最高の美しさは誰?もちろんアタシに決まってる。だったらどうして、この娘がこんなに愛おしく思えるのかしら。

は美しく賢しい。己が価値を知り、男達の間を気ままに漂う。


「…ねぇ、今日はとても美味しい林檎が手に入ったのよ」
「へぇ」
「ご馳走するわ」


―――――見た目には美しく赤い頬をしていて、見た者は誰でもそのりんごが欲しくなりました


「アンタ、安売りするのは止しなさいよ」
「安売りなんかしてないけど」
「そう」
「好きにしてるのよ」


―――――ところがこのりんごはとてもうまく細工されていて、赤いほうの半分にだけ毒が入っていました


「変な林檎」
「そう?」
「ツートンの林檎なんて、初めて見た」


―――――お妃は、白雪姫を安心させるために、りんごを二つに切って、きれいな赤い方を姫に差し出します


「それ、毒林檎でしょう」
「…」


白い林檎を口に運んだヴィルは美味しいわよと囁く。一欠片、二欠片、小さく切られた林檎は次々と吸い込まれた。赤い林檎は一つも減っていない。はじっとヴィルを見ている。バカね。思わずそう呟いた。


赤い欠片を口の中に放り込み、そのまま口付ける。僅かに抵抗した唇を割り、細かく刻んだ林檎を唾液ごと無理矢理押し込んだ。飲み下す他術がないくらいに呼吸を奪う。


毒林檎。見た目は美しいのに誰もが欲しがる。一口食べると取り返しがつかない―――――


まるでアンタみたいねと呟く。
毒を盛られたのは、アタシか。