戻れないよ、戻れはしない

   突然姿を見せたので酷く驚いた。コンコン、と窓の外からノックをされ、カーテンを開ければこれだ。ここは男子校だぞと返すも、堅い事言わないでよと笑う。相変わらずの軽薄さだ。

どうやら血筋にサキュバスがいるらしく、このと言う女は学生の頃から一際飛びぬけた問題児だった。ヴィランの血統としては純粋で、相当な魔力を秘めていたものの、素行が余りにも悪い。

が通っていた学校はここナイトレイブンカレッジと並ぶ名門女子高で、規律の厳しさは飛びぬけていた。教職に就いて数年、ようやく慣れて来た辺りにそこへ移動になったクルーウェルは初めてに出会い衝撃を受ける。

まさかこんな生徒が存在するとは、あり得ない。学業はトップクラス、試験は常にAプラス。にも拘らず、出席率が圧倒的に悪い。下手をすれば足りなくなる程だ。学内でもその名を知らぬ者いない。だからといって一度登校すればその存在感は校内を掌握する。100人中100人の目線を奪う。は、そういう生徒だった。


「暇でさぁ」
「元気そうだな、
「相手してよ、先生」


そんな問題児が何故在学しているのか聞いた事がある。ここの校風であれば、少しでも問題のある生徒はすぐに退学処分になっていてもおかしくないからだ。理事長の返答は極めて明確で、援助の見返り。彼女の家は多額の寄付をしていた。だからだ。

は気まぐれで美しく、彼女の姿を目にした男は心を奪われる。御多分に漏れず、クルーウェルもそうだった。教師陣の中でも比較的若いクルーウェルは、のターゲットになったのだろう。少なくともクルーウェル自身はそう認識していた。

稀に顔を見せたと思えば過剰なスキンシップ。私、先生の事気に入ってるのよね。そう言い憚らない。ねえ、先生。先生。先生。十も歳の離れた小娘が、と頭では思っているのだが、は謂れのない淫妖さを纏っている。これまで実際に目にした事はないのだが、サキュバスのそれなのだろうと思えた。

周りの目もある事だし、実際に手を出す事は避けねばならない。噂によるとこれまでも数人の教師がに寄り足を踏み外し消えていったらしい。彼女の機嫌を損ねない程度によろしく頼むよと学園長からは奇妙の釘の刺され方をした。


「思春期の仔犬共しかいないんだ、分かってるな?」
「食べちゃってもいいの?その仔犬」


テーブルに浅く腰掛けたがクルーウェルの太腿に足を乗せた。そのまま上部へズルズルと動かす。あの頃、そぐわない淫妖さを身に纏っていたは美しく咲き乱れ、今や数少ない現役のサキュバスとしてその名を馳せている。その美しさは人々の目を奪い、精気を奪う。身も、心も。男の全てを。

がテーブルから離れ、そのままクルーウェルに跨った。向かい合わせで微笑みあう。


「お前は変わらず悪い子だな」
「先生は?」
「俺は哀れな子羊さ」


お前に喰われる。


「触ってよ」


この状況は彼女が卒業するまで続いた。こうして向かい合わせに座り、卑猥に腰を動かし刺激を与える。ねえ、先生。どうするの。熱っぽい吐息が耳側で囁く。この娘に試されているのだという事は分かっていたし、身体が正直に反応している事も分かっていた。このままでは確実に堕ちるだろう。そんな矢先、思わぬ展開だ。

自分でも一切の自覚がなかったのだが、こうして焦らされる行為に尋常でない興奮を覚えていた。限界まで挑発され、身も心も獣になる寸前まで追い詰められる。これまで異性にそんな真似をされた例は一度としてなく、むしろ攻める側だと認知していた。それなのにまさか。


「…先生って変わってるよね」
「そうか?」
「頑なに手を出してこなかったからさ」


愛されてるのかと勘違いしちゃった、とは笑う。純愛なのかと思っちゃったんだけど。そんな美談はどこにも存在しない。生徒に焦らされ、頭の中をリビドーで埋め尽くしたままを見送る。何食わぬ顔で、荒い息で、興奮し切った身体のままで。

そうしてお楽しみタイムだ。哀れなその身を自身で慰め精液を吐き出す。我ながら酷く倒錯したプレイに傾倒したものだ。何れ犯してやるとは思っていた。


「ご褒美、いつになったらくれるの」
「お前がお利口さんにしてたらな」
「早く頂戴」


でないと気が狂ってしまいそうよ、と嘯くが首筋に噛みついた。この日を数年越しで待ちかねていた。早く早くと急かすように蠢くの腰を掴み、何があっても声を出すなよ。そう呟き、口付ける。