まるで記憶障害

   お館様からのお気持ちという事で定期的に開かれる食事会がある。柱から末端の隊員までが勢ぞろいする珍しい機会で、建前上は無礼講(お館様はそれでいいと仰るのだが、不死川辺りは当然殺すぞというスタンスだ)なのだがやはり末端の隊員に柱は余りにも大きな存在だ。

それでも皆、私の子で仲良くして欲しいというお館様の為に甘露寺辺りが必死に場を繋ぎ、ありとあらゆる空気の読めない炭治郎が色んな人に話しかけたりと大健闘。宴も半ばに差し掛かり、大人達もある程度酒が進んだ。

当初の不安要素は大方払拭されている中、一人だけ孤立した男がいた。冨岡義勇、その人だ。そもそも人づきあいが出来ず、柱の中でも特別浮いてる男に宴など万死に値する。部屋の隅で一人黙々と日本酒を啜る他やりようもなく、元々寡黙で自ら話しかける事もない男だ。隊員も話しかける事が出来ず、完全に乗り遅れていた。

それにしたってこの場所からは部屋全体がよく見渡せる。お館様がいる部屋の中心部では酒が回りご機嫌になった不死川が若手の隊士相手に大立ち回りを繰り広げたり(楽しそうでよかったな、不死川)甘露寺が驚異の大食いを見せたり(だが大丈夫だ、不死川用のおはぎは俺がここに避難させている)と盛り上がりは最高潮だ。


「ちょっと」
「!」
「こんな時までぼっちなの!?」
…」


こうなる事は分かっていて、だから別に出席しなくてもよかったのだけれど(強制ではないからだ)わざわざ出向いたのはがいるからで、彼女はこんな事でもない限り戻って来ない。隠密を主とした任務に就いているからだ。先程まで不死川達とわいわい楽しんでいたが声をかけて来たところを見るに、こちらの状況を見かねたのだろう。


「何でこんなすみっこにいるのよ」
「落ち着く」
「落ち着く場所じゃなくない!?これ宴よ!?」
「皆が楽しんでいる姿を見たいんだ」


お前と一緒なら尚良い。


「ちょっ、手とか繋ぐのやめてよ」
「何故」
「何故、じゃないから」
「俺はお前が大事なんだ」
「は!?」
「お前と一緒なら辛くない」


繋がれた手は酷く熱い。それにビクとも動かない。机に隠れているのだけれど繋ぐだけでは飽き足らずグイと引っ張って来る。いやいや、いやいや待ってよ。それは無理だって義勇。人が山ほど見てるから―――――


「ちょっと待ったぁあああーーーーー!」
「!?」
「あんた柱だからってそりゃちょいとやり過ぎだ!?
 ヒェーッ!隠れて!手まで!繋いで!」
「何だ!?どうしたどうした!」
「水柱が盛って!さんに!手!を!」


善逸の大声で皆の注目を一身に集めてしまったというのに、当の冨岡といえばきょとんとしたまま微動だにしやしない。ていうか手を離せ。宇髄とかニヤニヤしながら近づいて来てるのあんた見えてるんでしょう!?早く!手を!


「…ちょっと、義勇?」
「…」
「あんた、滅茶苦茶酔っぱらってない…?」


一人部屋の隅で延々日本酒を飲んでいた冨岡は知らぬ間に相当酔いが回っており、どうやら一切の記憶はないらしい。の手を握った事も、それを決して離さなかった事も、自分が何を口走ったのかさえも全部。

だから翌日、の態度がやけに余所余所しかった理由も、宇髄達からお前、意外とやり手だな、だなんて声をかけられる理由も分からない。知らない。

何時だって俺は何も知らないのだ。