君って可愛いねえ

   余り学校に来なかった阿良々木暦が、更に学校に来なかった戦場ヶ原ひたぎと付き合いだしたのだと知ったのは、当然、阿良々木暦に気があると思っていた(思っていた、というか事実だ)羽川翼から聞かされたからだ。

正直なところ大層驚いたし、あんたはそれでいいの、だなんて逆に聞いた。羽川翼は相も変わらず腹の読めない笑顔で、私は阿良々木くんが幸せならそれでいいの、だとか何だとか、耳障りのいい言葉を並べ立てている。

そんなわけなくない。思わず口をつくも、賢明な彼女は当然認めないわけで、それがあんたの生き方なら別に構わないけどさ。そう言って話を終わらせた。

そうこうしていればあの男に対する苛立ちは募るばかりで、一言(嫌がらせの如く)何某かを言ってやろうと目論見、放課後を待ち望んだ。

これまでも言いたい事は山の様にあって、だけれどタイミングを見計らって一つも言えずにいた。羽川翼と話をしているところ、神原駿河に付き纏われているところ。幾度も見た。その都度、吐き出したい言葉を山のように飲み下して来たのだ。

阿良々木暦には同級生の男友達がいない。虐められているわけでもないのだけれど、出席日数が極端に少なかったり、たまに学校に来たとしても一人で黙っているもので、友人関係が築けないのは当然の結果だと言える。だから余計に目立つ。

あの男は別に一人でいたいわけではないのだろう。中学時代を知っている人間からしてみれば、昔はもっと社交的だったらしい。それに、こちらがぼんやりと屋上で物思いに耽っている時になど、何の前触れもなく話しかけてきたりする位の度胸はあるのだ。

幾度か、は彼と二人で話をした事がある。誰もいない屋上で、それこそ二人きりでだ。夕方から夜に移り変わるあの曖昧な時間帯。校舎自体がまるで異世界に飲み込まれるような感覚に陥る。

あの瞬間、阿良々木暦はの事を好きだったはずだ。根拠はないがそう思う。あの男は多分に多情で、文字通り好きになる。



「あ、
「阿良々木」
「よぉ、久しぶりだな」
「あんたが学校に来ないからでしょ」
「そりゃあ確かに図星だけれど」
「それよりあんたさ」



戦場ヶ原と付き合い始めたの。の質問に、やたら直球だなぁ、だなんて笑った阿良々木暦は満更でもなさそうな表情を引っ提げ肯定する。やめて、その顔。本当、殺したくなる。



「あんたは羽川と付き合うって思ってた」
「何だよそれ」



お前とじゃないのかよ。そう言い、笑う。



「羽川は俺にとっても凄く大事な存在だからなぁ」



なら、私は?



「俺なんかが相手じゃ役不足ってやつだ」
「まあ、そうだけど」
「否定しろよそこは」



私の事はどう思ってるの。



「ま、俺はみたいに万年モテ期じゃないからさ」
「え?」
「与えられた幸せで十二分に満足してるんだよ」



顔だけで選んだバカ女と付き合って浮気でもされた方がまだマシで、羽川翼にしても、戦場ヶ原ひたぎにしても絶対にそんな真似はしない。

私だって出来る限りの愛情表現はしていたつもりなんだけれど、そんな相手に限って当然気持ちは伝わらないし、この男はのらりくらりだし、そう思っていれば突然、彼女なんて作ってるし。その癖にこうして優しくしてくるその神経が分からない。

羽川って凄いね、思わずそう呟けば、凄いよなぁ、なんて何も分からずに返すものだから呆れて言葉も出ない。

こんなに鈍感な男を好きになるなんて悪手にも程がある。賢明な羽川らしくないじゃない、そう言えども、だって同じでしょうと、きっと彼女は笑うのだろう。