妖精の呼び声(あれは僕らを惑わせる)

   待つ事には、慣れている。僕は昔から一人だし、集まりには招待されない。皆、この強大な力を畏れ近づく事さえ叶わないのだ。そんな事は分かっている。別にそんなものは今に始まったわけでもない。

NRCに入学してからも周囲にはリリアやシルバー達が監視の目を光らせている。別にそれがどうというわけでもない。何者もこの身を制する事は出来ないし、僕は自由だ。

お前とは息抜きのように真夜中に寮を抜け出し徘徊している時に出会った。魔力のない只の人間。故にお前は僕の事を知らず恐れる事もなかった。無知は時に強さになる。他の生徒と同じように接して来るお前が最初は物珍しかったのだと思う。

それからお前を見かける頻度が増えた。『監督生』としてNRCに残ったお前は魔力こそないものの各寮長からの覚えもよく、見かける度に周囲には人々が増えた。お前の周りには常に人々が集まる。どうやら、お前は好かれる性質らしい。

この僕はといえば相も変わらず万全に一人で、それでも顔を見かけたお前が声をかけてくるようになった点だけは変化になるんだろう。だけれど僕は生まれ持っての性質が華やかさを嫌う。真夜中にお前の元を訪れ、共に夜空を見上げるのが性に会っている。

真夜中の星空にも飽きた頃、お前は明け方の白んだ空の美しさを僕に教えた。そう。この今にも疼き出しそうな霧に包まれた明け方の手前。手を伸ばす先さえ見えないような濃霧。灰色に飲み込まれた波一つない海。この世に存在するありとあらゆる色は存在を消し、そこにいるのはたった二人。僕と、お前のたった二人っきりになる。

空を飛べぬお前を連れ、僅かな時間の中を無限に楽しむ。お前の世界の話はどれも夢物語のようで楽しめた。お前の世界には空を飛べる者はいないらしい。天使なら、お前は言った。天使なら空を飛べるかも知れない。天使と悪魔というその概念は僕の心を躍らせた。その考えでいくと僕は悪魔なんだろうな。そう返せばお前は笑っていたな。

お前が元の世界に戻ると告げた時、僕は言葉を持ちえなかった。お前が戻りたがっていたからだ。元の世界に戻るお前を見送り、僕はこの場所へ来た。それから幾度も繰り返した。皆がお前の話をしなくなるまで。

何れ記憶の藻屑になり僕はお前の事を忘れてしまうのだろうか。一月、二月、時間はあっという間に流れる。半年経ち、一年経ち、皆はの事を忘れたようだ。わからない。口にしないだけか。だけれどそれは、忘却と同義ではないのか。

僕は待つ事には慣れているから、僕以外と時間の流れ方が違うのだろう。だけれどようやくだ。ようやく、僕はお前との約束を果たす事が出来る。これまで誘いを待つだけだった僕にしてみれば随分な進歩だ。お前の居場所をようやく見つける事が出来た。



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お前の住むそちらの世界とは、余程素晴らしいのだろうな。何せお前が僕と離れてまで戻りたがった世界だ。お前がいない間、僕は片時も、お前の事を忘れていなかったのだけれど、果たしてお前はどうなのだろう。この僕が迎えに行っても、驚かないだろうか。

全ては想像に過ぎない。だけれどこれまで幾度となく繰り返した想像は、もうじき現実となる。お前の好きな白んだ時間帯に迎えに行くよ。もうあと、数分後の出来事だ。