堕ちゆく程に この愛は狂おしい

   トレイ先輩から、この前のお礼にケーキを振る舞うよと誘われたのがつい先刻の事だ。この前の、とは恐らくエース、デュースの尻拭いをした一件だろう。ほぼ同期の彼らとは立場は違えど仲良くさせて貰っている。

我がオンボロ寮には結構な頻度で誰かしらが訪れる。当初に比べれば随分と小奇麗にはなったと思うが、他寮と比べれば格段に質は下がる。だけれどこの寮にはとグリム、そうしてゴーストしかいないわけで気を遣う必要がまあない。人が集まるにも理由があるのだ。だからが一人で他寮に出向く事は余りない。



「あれ?トレイ先輩だけなんですか?」
「今日は俺からお前へのお礼だからな」
「何か珍しいなぁ」



ハーツラビュル寮は静寂に包まれていた。規律に沿って生活を営むこの寮内で騒ぐ寮生といえば当然エース、デュースくらいのものだ。



「ここってトレイ先輩の部屋なんですか?」
「そうだよ」



それなのに何一つ疑わない。ここが学内の寮だから、だなんて理屈は通らない。だってここは男子校で、お前は唯一の例外。俺は男でお前は女。その事実を理解しているのかどうなのか分からない。

これまで色々と様子を伺い、が単独で他寮に出向かない事には気づいていたので、彼女も色々と考えてはいるのかも知れない。

そんな中、今まさには俺の部屋にいる。それがどういう意味を持つか。どうやら随分と信頼されているらしい。



「えー!これもトレイ先輩が作ったんですか?」
「あぁ」
「凄い!美味しそう」



がケーキを一欠けら口に運んだ。その様を食い入るように見つめてしまう。一欠けら、二欠けら。スポンジに染み込ませたアルコールと魔法薬。それら全てがの体内に吸い込まれていく。効果は一口で十分のはずで、ケーキ一切れを平らげるとなると最早予測がつかない。

はやる鼓動を押さえながらじっとを見つめる。あれ、だとか何だとか、小さく呟いたが胸を押さえた。

どうした、。気分でも悪いのか。

我ながら酷くわざとらしい口ぶりだ。無意識に立ち上がり何かがおかしいとしきりに訴えるは今にも倒れ込みそうで、咄嗟に身体を支えた。彼女の身体は嘘みたいに熱く、鼓動は弾けそうに高鳴る。

の身体から力が抜け、最早自立が不可能になっているようだ。背後から抱き締めながら耳側で囁く。

どうした、

くすぐったいのか身を縮めたの口からは絶え間なく吐息が漏れる。そのまま首筋を軽く噛めば小さく喘いだ。四肢からは力が抜けている。こちらの心臓も負けじと鼓動は早い。そのままベッドへと移動し、を押し倒したまま小さな声で呟いた。





『ドゥードゥル・スート』





ふと気づけばオンボロ寮にいた。隣にはトレイがいて、出迎えたグリムにお土産であるマフィンを手渡しているところだった。

確か、トレイに招かれてケーキをご馳走になっていたはずだ。それなのにまるで記憶がない。それに全身に違和感がある。どう見ても普段と変わらないいでだちなのに全身がしっくりこない。



「それにしたって帰って来るのが遅かったな!心配したぞ?」
「え…」
「ああ、そうなんだ」



スポンジに染み込ませた隠し味のスコッチが強かったみたいで、眠っちゃったんだよ。トレイは言った。いつものあの涼しい笑顔で。

そうかな。いや、きっとそうなんだろう。トレイが言うのであればそうに違いない。ざわざわと危機感が全身を侵す。

こういう状況は知らないわけではない。そのままシャワーを浴び、何だか不快感の取れない全身をくまなく洗う。喉の奥に渦巻く不安の種を飲み下し何事もなかったのだと思う事にした。

バカな真似をしたのだと自身に言い聞かせ、何事もなかったかのように暮らす。ここで生きて行く他ないのだ。どうにか飲み下し眠りにつく。別にこんな事は初めてではない。新しい朝が来てリセット出来る。そう、思っていた。









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翌日から異変ははっきりとこの身を襲った。記憶は曖昧ながら、酷く喉が渇く。何を飲んでも癒えない。どれだけ水分を摂取しようが脳が渇いているようで、全身が干乾びゆくようだ。記憶にはないのに脳にこびりついている。

半日が経ち、夕方に差し掛かった辺りには少しずつ記憶が戻り始めた。やっぱりそうか。私はあの日、トレイ先輩と。思い出す度に全身がジンと熱くなる。全身の違和感はやはりそれで、嫌な予感に思い違いはなかったのだ。

それなのに。気づけばハーツラビュル寮に向かっている。もうこれは意思など関係なく、脳が指令を出している。私の意思では、ない。

他の生徒に見つからないようにトレイの部屋まで進む。こんな状態でエース達には会えない。そんな真似だけは決して。ノックをしてドアを開ける。ベットに座った彼は、まるでこちらが来る事を予想していたように笑った。



「トレイ先輩、私に何かしましたか」
「どうした、
「喉が、乾いて」



そう言い終えるや否や抱き着いて来るを待ち構え、まさかここまでの展開になるとは夢にも思わず口元を押さえた。魔法に耐性のないはこんなにも影響を受けるのか。

おいおい、勘弁してくれよ、

なんて、思ってもいない言葉を吐き出して。喘ぐように身を弄るはすっかり正気ではないのだし、トレイの身体をそのままベッドに押し倒す。

はあはあと荒い息、完全に開き切った瞳孔。の指先はトレイの全身を弄り、熱を持った舌が胸元を舐める。そのままズルズルと下に動き半勃ちの性器を掴む。そのまますぐに咥えた。

思わずこちらが息を吐く程、の口内は熱い。嬲る。右手で無意識にの髪を撫で、目を閉じ天を仰いだ。

早く、早く。このままでは渇いて死んでしまう。癒えない渇きが僅かに満たされている事実に気づいている。無我夢中で舐め尽し、トレイが小さく喘いだ瞬間、口内を満たす得も言われぬ幸福感。これまで何で潤しても決して癒される事のなかった渇きが一瞬で満たされる。そんなわけは、ないのに。

ごくりと飲み下した瞬間、身を起こしたトレイがを引き寄せ口付けた。舌と共に流れ込む唾液さえもこの脳を満たす。貪るように捻じ込まれる舌から逃れ一瞬だけ離れた唇は、最低、そう吐き出すもすぐに奪われる。

脳を侵す渇きから逃れる事の出来ないこの身体は、こうしてトレイを求める。もっと欲しい、渇きが癒えないのだと、私は何れ自ら強請るのだろう。