海は拒絶するかのように赤く、赤く

   砂漠の国の大富豪の一人息子に一目惚れをした、大盗賊の一人娘、だなんてまるで映画みたいな設定だ。

彼を初めて見たのは三つの時で、父親の肩に座ったは華やかなパレードの中心、象に乗りニコニコと笑っている様に一目で心奪われた。あの一切の曇りのない朗らかな笑顔。選ばれし人々たる所以の大らかさ。わたしあの人のお嫁さんになる!幼いは娘を溺愛している父親に屈託なくそう言い、そういえば父親は許さんと騒ぎ立てたものだ。

カリムの家には及ばないまでもも裕福な暮らしの中に過ごした。父親は大盗賊の頭領であり、表向きは輸入業を行う会社の経営をしていた。

彼に一目ぼれしてもう何年経過したのだろう。彼の姿はイベント毎に見る事が出来る。物心がつけばつく程、カリムとの差は大きくなり自覚する。あんなに素敵な彼のお嫁さんになるのはどんな人なんだろう。色々と考えるも到底手は届かない。

三歳で恋をして既に十年以上の歳月が経過した。父親は変わらず彼への恋心を認めず、お前の結婚相手は俺が選ぶと息巻いている。そんな時、彼がNRCに進学した事を知った。これが最初で最後のチャンスだと思った―――――



「…お前、何者だ?」
「…」
「カリムの命を狙うにしては、やけに杜撰だが」



チャンスだと思った瞬間に身体は動いていた。彼の学校の卒業生だという魔法士の元へ向かい、どうにか潜入する事が出来ないものかと画策する。一年程の時間は要したが、使い魔に身を変え、学内に潜入する事に成功した。

ここまできたら思いは酷く性急なものとなっており、まずは既成事実を作りたい。そう考えた。自分で言うのも何だが、170センチの恵まれた体躯だ。魔法士に借りた制服は問題なく着こなせた。

夜半過ぎにカリムの部屋へ忍び込み、初めまして運命の人、と愛を捧げるつもりだったのだが、こそこそと部屋の前を徘徊している時に声をかけられ、どうにか誤魔化そうと試みるもあえなく撃沈。別室に連行されて今だ。



「私は、運命の人に会いに来たのよ」
「何を言って―――――」
「わかったんならさっさと解放して」
「お前、自分の置かれた立場が」



そう言いかけ、ハッと気づく。

ってお前、あのか。

男はそう言い、笑ったように見えた。



「私の事を知っているのか?」
「お前の父親は有名だからな」



黙って国を抜け出した。父親に知れれば必ず邪魔をされると分かっていたからだ。彼は未だ、の恋心を認めていない。



「お前の父親は、お前に懸賞金をかけた」
「幾ら?その倍、払うわ」
「金なんて要らない」



お前は俺の駒になる。





『スネーク・ウィスパー』





ふと気づけば部屋にいた。この学園に潜入した身分なのに何故自身の部屋があるのかは分からない。分からないのだが、自身はどうやら療養中という事になっているらしい。部屋には外から鍵がかけられていた。ジャミルという副寮長に教えられ、そうだったのかも知れないと思った。

ジャミルは献身的に世話を焼いてくれた。何故ここにいるのかはっきりとせず、眠りにつく頃にそういえば誰か大事な人がいたような気持になるも、翌朝になればまるで思い出せない。

家に戻らなければと、幾度か寮を出ようと試みた事もあるが何故か抜け出せず、そういえば短期の記憶が損失している事に気づいた。どうしても思い出せない時間がある。自分が自分でなくなっていくような不安に駆られ、毎日顔を見せるジャミルに胸の内を伝える。ジャミルは、心配するなと優しく囁いた。

ある夜、ふと気づけばジャミルに抱かれていた。抱かれていたというか、騎乗位の体勢だ。一気に全身を痺れさせるような快感に襲われ現状が把握出来ない。思わず身を捩ろうとした瞬間、腕を掴まれた。



「何だ、気づいたのか」
「ぁ、なに」
「保守的なあの国ではお前のこんな姿、決して許されないだろうな」
「あ、あ、」



腕を掴んだまま力任せに突き上げるジャミルは、の耳側で囁く。

お前に選択肢はない。戻る場所もないだろ。
だったら俺に仕えろ。悪いようにはしないさ。

反論する術も、言葉も持ちえないは只、喘ぐだけだ。散々と貪られベッドに伏している所に、つい先刻までの痴態が納められた動画を見せられ観念する。私はもう、この男から逃れられない―――――

その日から、記憶が失せる事はなくなった。一日中窓のない小部屋にいて、夜半過ぎに鍵の開く音で目覚める。単純に意識のある状態で繰り返されるだけだ。

ジャミルはこの身を好きに抱く。カリムへの呪詛を口にしながら。だからその度には、ここはあんたの王国ね。そう呟くのだ。