麗しの海の藻屑となった君を探しに
最初は脆弱な人の子だと思っていた。只の人の子だと。オンボロ寮の監督生として知り合った最初の頃は然程の興味もなく、アズールとの一件では軽くあしらい暇つぶしの相手にでもなればと、そう思っていた。
そんな彼女に心奪われたなんて笑い話にもなりはしないし、未だにどこで奪われたのか分かっていない。こちらが知りたいくらいだ。貴方、僕の心をどうするつもりなんですか。
これが所謂『恋』なのだと自覚し、それからは別の視点でを見つめる日々だ。正直なところ、地獄以外の何ものでもない。何故ならは極めて無防備であり、辺りは思春期まっしぐらの野郎達の巣窟だ。普通に考えて、そんな中にポンと放り込まれているさん、相当ヤバくないですか…?
ハーツラビュル寮の一年生組はまあ良しとして、サバナクローのレオナ寮長は要注意だ、何せボディタッチが多すぎる。それにハーツラビュル寮の三年生組もマズい。というかもう大体ダメ、もう駄目。こちらも出来る限り囲おうと必死なのだが相手も中々の手練れ揃いだ。今思い返しても我を忘れていたのだと思う。
「さん」
「はい?」
『ショック・ザ・ハート』
バカな真似だ。バカな真似をした。生涯一度しか使う事の出来ない術を、こんなに容易く使ってしまうとは。恐ろしくて不安で仕方がなかったのです。人の心を読む事は出来るが、それも全てではないし、人の心は動かせない。操る事は出来ても奪えない。それが分かっているから心が耐え切れなくなった。
「貴方の好きな人はどなたですか?」
「私の好きな人は―――――」
当然、警戒心など抱いていなかったはジェイドの目を見てすんなりと答えた。自分ではない他の男の名を。我を忘れたバカな男は、他の選択肢があるという至極当たり前の展開さえ想像しておらず、とりあえず盛大に撃沈したわけです。
余りのショックに陸に上がって初めての高熱を出し三日三晩寝込んだジェイドを見て、賢明なアズールがその原因を突き止めるも対処法がない。挙句、そんな事でユニーク魔法を使ったんですか、等と責められる始末。分かっていますアズール、僕はバカなんです。恋に溺れた哀れなウツボなんですよ!熱下がらない!
フロイドなんてもっと酷くて、アズールから一連の流れを聞いているにも関わらず、ジェイドが抜けた分の穴は小エビちゃんに埋めてもらったから別にいいよ~とか言い出す始末!フ、フロイド!!?何ですかその斬新な解決法!余計な事言ってないでしょうね本当…。
確かにシフトの件に関してはアズールも何も言って来ないし、余程気を遣わせてしまっているのだろうなと申し訳なく思っていたところですよ、杞憂でした。そんな感情論を振りかざすわけがありませんでしたね。
という事でどうにか体調を整え何事もなかったかのように復帰を果たす。ショックを受けながらも当然諦めきれず、まさか自身がこんなにも諦めの悪い性格なんだとは奇しくも初めて知る事になった。
当のなんて、あ、ジェイドさん元気になったんですか?だなんて無邪気に傷つけてくる始末。いや、自分のせいなんですけど…。
その後もあの手この手で気を惹き続け、最初の頃に比べると桁違いに良い感じになってきた。と一緒に過ごす時間も増えたし、何よりの方から話しかけて来る頻度が増えた。
アズールが好待遇でをモストロラウンジのバイトとして雇った為、夜遅くに二人っきり!になる事も侭あり、雰囲気的には付き合っているような…感じがするのだけれど二度、同じ手は使えない。僕と付き合ってみませんか。たったそれだけの言葉を発するまでのハードルが高すぎる。あの男の名が脳裏を過るからだ。
そうこうしていればまさかの展開で、
「…ジェイド先輩」
「何です?」
「私、ジェイド先輩の事が好きです」
待ち疲れた側からまさかの先制攻撃。死ぬほど驚いたし嬉しい。それなのに、
「先輩…?」
「あ」
「迷惑でしたか…?」
「そんな!まさか」
それなのに、真っ先に浮かんだ感情が『本当に?』だなんて最悪にも程がある。世紀の告白を受け抱いた感情が疑念。これはきっと罰なんでしょう。罪悪感を抱いたまま嬉しいですとを抱き締める。鼓動の速さが何を示すものなのかは分からなかった。
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それからは目くるめくバラ色の日々だ。とジェイドが付き合っているという事実は周知となり、懇ろになりながらも、あの時、が口にした他の男の名前が忘れられない。キスをした。セックスをした。愛している。愛されているはずだ。卑怯な真似をした、僕の、僕だけの罪。
気持ちが通じ合えば疑う心なんて霧散するのかと勝手に思っていた。それは小さなトゲのようにいつまでもジクジクと痛む。自身の心の奥に潜み黒く染みつく。
その男とが偶々一緒にいるところを目撃してしまった。別におかしい話ではない。同じ学園で過ごしているのだ。これまでも目にしていないだけで、二人は頻繁に話しているのだ。
だけれどその光景を目にした瞬間、全身から血の気が引いた。ドキドキと心拍が上がり吐き気を覚えた。どうしました、ジェイド。アズールが声をかけるくらいに様子がおかしかったのでしょう。
その日の夜、約束はしていなかったのだけれどオンボロ寮を訪れた。は少しだけ驚いていたようで、それでも歓迎してくれた。様子のおかしさはきっとにも知れていて、それを隠す気も、フォローする気もない自身に呆れるばかり。
こんな気持ちで良くないと分かっているのに、に口付けそのままベットに押し倒す。オンボロ寮にあるの部屋は簡素だ。置いてあるベットも小さくて古い。の身体を確かめるように触り撫で、舐めてそれでも確証を得る事が出来ない。肝心の心は掴めないからだ。
いいえ、…貴方は何も悪くない。悪いのは弱い僕の心です。小さなの体躯を抱き潰しそうになりながら、耳側であの男の事が好きなのか聞く最低なプレイだ。荒い吐息の中、当然ながらはジェイドが好きだよとこたえる。それなのに。
呪われた僕は、そんな彼女の言葉を信じる事だけが出来ないでいるのです。