奇跡とはこういう事

   お前、あいつと何かあるのかよ。初めてまともにかけられた言葉がそれで、だから第一印象は割と最悪ではあった。

最初に顔を合わせたのは確かどこぞの飲み屋で、金がなくなったから持って来いという銀時の元へ(完全にパシリ扱いをされたわけだが)怒り心頭で向かい支払いをした。馴染みの店主はやれやれといった様子で、このバカは無銭飲食で引き渡しちまった方がいいんじゃあねぇのかいと言ってくれたのだが一先ず断る。

いや、それがよぉ、ちゃん。もう呼んじまってんだ、と紹介されたのが土方だった。いや、正しくは彼も非番であり、たまたま同じ店で飲んでいたらしい。

コイツの女なのかあんた、土方がそう言うのも無理はない。そうでなければこんな真夜中にわざわざ金なんて持って来ないだろう。普通は。

だけれどと銀時の間には何もない。肉体関係はもとより、キスの一つもない上にそういう言葉さえ頂戴した事がないのだ。これってどういう関係なのかな。桂辺りに聞いてみたところ、彼は至極真面目な面で『都合のいい関係だろうな』だなんて言いやがったし、桂を筆頭に神楽も新八も皆がそう言うわけで、何なら当の銀時までそう言って退けるのだから手に負えない。

潰れた銀時は起きる気配も見せないし、これを引き摺って万事屋まで戻る体力なんて持ち合わせてはいない。初めて会った男に酒を飲みながら愚痴を言い、頂いたのが上記の言葉だ。

何も。別に何もないんだけど。酷く酔いの周りが早いな、と思いながらそう返せば笑う。嫌な男だと思った。

それからは町中で顔を合わせる度に一言、二言と言葉を交わすようになり(その都度、知り合いだったっけ?等と銀時が絡みに行く工程が追加される)今だ。今、私はこの男に帰るなよ、と言われている。右手を掴まれ、帰るな、と。



「えーっと、あの」
「別にあいつと何かあるってわけじゃねェんだろ」
「いや、その」
「だったら俺が遠慮する事もねェ」



確かに、こうなるかも知れないという思いはあった。はずだ。銀時とは違い、はっきりと言葉で好意を伝えて来る土方は正しいのだろう。余りに明け透けで本気に受け取る事が出来ない程だ。

そんな土方を見ても銀時は別に好きにしたらいーんじゃねーのー?だとか、俺には関係ねーから、だとか。まあ、そう言われればそうなのだけれど、だったら銀時。あたし土方さんと付き合うからね。そう言いたくもなる。

だけれど、それを口にしてしまったら銀時がどういう態度を取るのかが分からない。傷つくのか、怒るのか。それとも。何とも思わないのか。悶々としているの代わりに、そんなことしてたらあっという間にとられるネ、と神楽が言ってくれた。まさしくその通りだ。

どちらにもつけず宙ぶらりんのまま卑怯な真似をしていた罰が当たっているのだろう。卑怯な二人と真っ直ぐな一人。勝負にもならない。



「…だって、どうするの」
「あ?」
「帰るなって、言ったって」
「お前なぁ、そういう事はわざわざ口にしねーの」
「だって」
「行くぞ」



どこに?会計は先に済ませてあり、土方に手を引かれたまま歩き出す。ねえ、ねえ土方さん。どこに行くの。の問いかけに土方は一切答えない。

屯所、屯所なわけがない。あそこは騒がしすぎる。どこに行くの、だなんて白々しい台詞だ。当然土方の足は宿屋の前で止まった。

かぶき町の宿屋ゾーンの中央に新しく建設された天人融資のバカでかいホテルだ。確かに記念すべき最初の夜には相応しいのかも知れない。知れないけれど―――――



「あーーーーっ!さん!?!?」
「ほら見た事アルか!先にしっぽりいかれてるネ!」
「…!!!!」



エントランス前ですれ違った見知った顔を見た瞬間、土方が頭を抱えた。どうやら万事屋の三人は仕事でこのホテルに来ていたらしい。こちらだって初耳だ。驚きの余り声が出ない。



「は、はぁ~~~ん?そうですか、抜け駆けですか」
「抜け駆けも何も、銀ちゃんが好きにしろ言うたネ」
「お子ちゃまは黙ってなさい!」
「銀時」
「仲のいい事で」



銀時はこちらを見ない。



「手とか、繋いじゃって。いやらしい」
「これは」
「うるせーよ甲斐性なしが」
「あ!?」



銀時と土方が睨み合いを初め、ようやく繋がれた手は離された。ちゃんもいい加減どっちか決めないとネ。神楽に言われ、本当にそうですねと笑う。こんなんで愛されてるなんて思うんじゃないヨ!神楽のいう事は一々が尤もだ。