知らぬものに怯えるのは当たり前か

   別に、何一つ後悔しているわけではない。後悔なんてまったく意味のない下らないもので、そこまで非生産的な性質ではないのだ。

カリムの事が気になってるんだよね、とは臆面もなく口にした。余りにも唐突で最初は冗談なのかと思えたくらいだ。じゃあ何故俺に言うんだ、と返した。俺じゃなくてカリムに言ったらどうなんだ。の顔を見ずにそう言う。

この女は本当に呆れる程、鈍感で故に残酷な真似をする。だってそういうの恥ずかしくない?はにかみながらそう返すという女。そんな女が俺は好きだからだ。

いつの間にか、多分この女が学園に現れてから徐々に。その後に起こったカリムとのひと騒動が気持ちを加速させた。顔を合わせる度にそんな詰まらない話をは口にする。まるで相談でもするかの如くだ。

やんわりと、あいつはアジーム家を継ぐべき男だから、と話すもにはいまいち響かない。住んでいる世界がそもそも違う。理解しろというのが土台無理な話だ。だから別にがカリムに対して決して叶わぬ恋心を抱いていても構いはしない。そう思っていた。そう思っていたのだ。カリムに対しても叶わぬ恋、に対しても叶わぬ恋。それならば互いに痛み分けだ。この俺の心は然程乱されもしない。そう、思い違えていた。

今、目の前には【スネーク・ウィスパー】をかけられ自失状態のがいる。丁度二時間ほど前にはジャミルの部屋を訪ねて来た。表立っての理由は勉強を教えてもらう為。実情はカリムの話だ。ここ最近、これを連日繰り返されている。毎度毎度、答えの出ない下らない会話のやり取り。しかもその内容は全て好きな女が他の誰かを好きだという話。挙句その相手はカリムだ。よく出来た拷問だと思う。

は毎度毎度、同じような話を飽きもせずにするし、そんな拷問のような時間をこちらもバカみたいに引き受ける。耐える事には慣れている。幼い頃から耐え忍び、それの繰り返し。恐らく俺の人生は死ぬまでそれの繰り返しだ。だから五感を鈍らせ何も感じない振りをする。どうやらそれはカリムに対してだけ効果があるのだと、今回このを前に思い知った。

まるで微塵も我慢が出来ない。腹が立って仕方がない。夢見心地でカリムの話をしてくるの顔を見るだけで計り知れない憎悪に湧く。の前向きさが拍車をかける。万が一、いや、現実には万に一つも可能性はないのだけれど、それでも万が一の恐れを抱かせる。こいつのこの頑なさは不可能を可能にするのではないか。とカリムが付き合う事にでもなれば悪夢は毎秒継続される。それは、無理だ。それだけは、そんな事になっては、俺は、もう―――――

、と名を呼び視線を合わせた。まるで警戒していない彼女は少し微笑みながらこちらを見る。どの道、の思いは叶わない。こうして腹の立つ相談を受け続けるのもまっぴらだ。流石にこんな自身にも良心の類があったらしく数十分考えはしたが答えは最初から決まっていた。



【お前は俺を愛している】



じっと目を見てそう呟く。口にさせ幾度も繰り返させる。それが事実になるように。



「なあ、
「何?」
「お前は誰を愛してる?」
「ジャミルに決まってるじゃない」



つい先刻までカミルに焦がれていた唇が俺の名を呟く。身震いする程、興奮した。 は操られたまま翌日を迎えた。24時間365日というわけにもいかず、どこかで術を解かなければならない。それは就寝している間に定める事とした。

操られ初めて迎えた学園生活、は操られたまま、ジャミルと付き合っている事を多言した。皆、一様に驚いていたが本人がそう言うのであれば疑う余地もない。の口からその報を聞いたカリムは、単純にそうなのか!おめでとう!と喜んでいた。

朝目覚めてから夜眠るまでずっとの側にはジャミルが側にいる。甲斐甲斐しく彼女をオンボロ寮まで送り、毎朝オンボロ寮に迎えに来る。カリムに対し割く時間にプラスしての時間が追加された。スケジューリングは元々得意だ。何一つ無理がない。傍から見れば理想の彼氏彼女というやつだ。それを演じた。何の為に?それは―――









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―― 夜中にふと目が覚めた。悪い夢を見ていたような、だけれどまったく思い出せない。ふと目は覚めたが酷く身体は怠い。それとは別に何だかおかしいな、と思う。何がおかしいのかは分からない。

違和感を感じたのは股間だ。手を伸ばせばそこは酷く濡れていた。下着の上からでもすぐに分かる程にだ。何故。そう思うが当然見当はつかない。

そういえば確かに最近ぼんやりとしている。短期的な記憶が欠落しているような気がしている。何か大事な事を思い出しそうで、それでも疲労に抗えない。その日はそのまま眠りに落ちた。

翌日。又、ふと目が覚める。先日とは違い酷く身体が疼く。耐え切れない。分からない。こんな事は初めてだ。身体の疼く場所に指先を這わせどうにか鎮めようとするも、一向に熱はひかない。

昨晩よりじっとりと汗ばんでいた肌は更に熱を増し、下着は意味をなさない程濡れている。すっかり柔らかくなった割れ目に指先を滑らせ、入口付近をちゅくちゅくと指先で弄る。足りない。全然足りない。

指を膣の中に埋めるが欲しい場所には当然届かない。もう片方の指で酷く尖った乳首を弾けば声が出てしまいそうで枕に顔を埋めた。指では達せず、割れ目をジリジリとなぞりすっかり熱を持ったクリトリスを人差し指と中指で挟む。腰が自然と浮きビクビクと震えた。

そのまま数十分は自慰に没頭していただろうか。自慰の最中、何故か脳裏に浮かぶのはジャミルの姿で余計に混乱する。何故。どうしてジャミルが。ジャミルの指、唇、声。くぐもった声を枕に押し付け達した。膣の奥がブルブルと痙攣し熱い液がドロリと垂れてくる。足りない。これでも足りない。何故。何が。

荒げた息を整えれば襲ってくるのは罪悪感だ。ジャミルを思い浮かべ自慰をしてしまった。最悪だ。とりあえず時間を確認する為にスマホに手を伸ばす。その瞬間、ふとした不安に苛まれロックを解除した。



「…!!!」



着信履歴は殆どがジャミル。悲鳴を飲み込みジャミルとのメッセージ履歴を開く。愛してる、愛してるの羅列。全てがの方からだ。一気に血の気が引く。

何これ。何これ。意味が分からない。どうして?メッセージの内容を遡ると、どうやらこちらがジャミルを愛しているようだ。エースやデュースとのやり取りを見るにどうやら半月ほど前からジャミルと付き合っているらしい。

カリムとのやり取りはより最悪で、どうやらカリム公認の素敵なカップルとして受け入れられている。元々カリムにはこちらに対して一切の気持ちはなかったが(そんな事くらい知っている)何故こんな事に?悶々としたまま朝が訪れる。当然一睡も出来なかった。