ビン詰めにされた世界が私のすべて



   カリムとの一件も終わり暫くだ。あれ以来、確かに猫を被る事はなくなったし、少しだけ生きる事が楽になったような気がしている。よく分かっているのか分かっていないのか、カリムは友達になるんだと言いながらもあまり変わらず、こちらの手を焼かせる。まあ、あいつなりに気を遣い全て裏目に出ているという事なのだろう。手間としては依然と変わらない為そのままにしている。

唯一大きく変わった点が一つだけある。監督生だ。監督生―――――今はと呼んでいるのだが、ジャミルとは付き合う事になった。それこそNRCに激震が走る、といった具合の一大事で各方面から呼び出しを喰らったのだが、こちらにしてみれば明らかに女のが校内をウロウロとしているのに何故誰も手を出していなかったのか、そちらの方が気になる。

は極めて人懐こい性格で、あれ以来スカラビア寮によく顔を出すようになったし、自ずと仲は深まった。はこちらのユニーク魔法も知っているし、どういう人間なのかも知っている。隠し事のない相手だ。

確かに今思えば、同世代の男の部屋にのこのこ顔を出す辺り(時間帯だってお構いなしだ)も不用意な女だ。不用意。いいや、恐らく。不用意だったのはこちらの方なのだ。

これまでオンボロ寮の監督生として名を馳せて来た彼女は交友関係が広い。誰とでも分け隔てなく付き合い、自分の置かれている立場を理解していない。性善説でも信じてるのかお前。この俺を前にして。

は相手との距離が近い。一応本人は男装をしているつもりらしいのだが、見た目だけ装った所で意味がない。仕草、喋り方。触れ方。それら全てが極めて女性らしい。この学園内での事を女性ではないと思っている寮生はいない。



「なぁ、
「何?」
「少しは気を付けろ」
「何を?」



問題は、彼女には一切の自覚がないという事だ。まったく自覚がなく、ジャミルの言う【気を付けろ】の意味さえ理解が出来ない。別にを信用していないわけではない。彼女がこちらに好意を抱いているのは事実だし、そもそもこちらは誰の事も信頼などしていない。

大体こういうものは好きになってから気づく。は爛漫で、奔放。人当たりもよく誰にでも愛想がいい。手に余る―――――



「最近、お付き合いはいかがですか。さん」
「えー、普通」
「ウミヘビくん超束縛しそうじゃ?ん」
「あー、それはある」
「おや、それは看過出来ませんね」
「例えばー?」
「んー、あんま喋ったりして欲しくなさそう」
「うわぁ俺ムリ?!」



あんた達と。
それは言わない。だけれどジャミルはオクタヴィネルの3人と話をして欲しくないらしい。幾度か遠回しに言われ、昨日いよいよはっきりと言われた。その際に色々、よくない話も飛び交いちょっとやめてよ気まずくなるでしょ、と怒った。

ジャミルは譲らない。だって譲らない。彼氏に言われこれまで仲良くしていた友達と話をしなくなるなんて有り得ない。がそう言えば、友達ならな、とジャミルは返す。話し合いは平行線だ。



「小エビちゃんそういうの平気なんだ」
「平気とかじゃなくてさ」
「別れちゃえば?」
「そうですね」
「そしたら前みたいに俺らと仲良く出来るんでしょー」
「これでも気を遣っているんですよ、私達」



これと似たような会話は至る所で行われている。別にアズール達だけが特別だと言うわけではない。皆一応、付き合っているという体を気にしているのだ。

まあ、気にはしているがだからどうしたという心根がヴィランたる彼らの心情であり、今も壁に肘をつき、前屈みで視線を合わせ話をしているフロイドを向こう側(因みにフロイドはこれまでもずっとこういう話し方をしてきた)にジャミルがいる。その事にアズールもジェイドも気づいている。



「本当、勘弁してよ」
「何故です?」
「大変なの、後から」
「別れたらいいのでは?」
「ジェイド…!」
「そこまでとは言いませんが、僕もジェイドと同じ意見ですね」
「ちょっと」
「だって、不自然でしょう」



アズール達の言いたい事は分かる。恐らく間違っていない。こちらをじっと見ていたジャミルは、明らかに不機嫌そうな面持ちで消えた。最悪、最悪だ。手の中でスマホが震え、ジャミルからメッセージが届いたのだろうと察した。










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部屋に入った段階からジャミルは不機嫌さ100%といった具合で、まったくこちらを見ない。だからといっても機嫌の悪い彼に気を遣う事はしない。こちらに非があれば謝りもするが、今回は非があると思えない。

ジャミルの事は好きだ。ジャミルも好きでいてくれる。だけれどこれは譲れない線引きで、私の世界をジャミルだけにする事は出来ないのだ。アズール達と話をしている所を見られた時点でこうなる事は分かっていて、それでもはジャミルの部屋へ来た。



「フロイドに言われたよ」
「…」
「俺が君を束縛し過ぎだって」



カリカリとペン先が紙を削る。ジャミルの声が思ったよりも平坦で感情が読み難い。は返事をしない。はあ、と溜息が漏れた。

を束縛している自覚は当然ある。環境もあるのだろうが恐らく事実だ。出来ればを箱に詰め一切の自由を奪いたい。そうでもしないと心穏やかでいられない。俺以外を見ないように、俺以外の言う事を聞かないように。

その反面気づいてもいる。この自由気ままな女を愛している。誰とでも分け隔てなく接し、至極自然に懐に入り込む。悪意のない無防備さ。それら全てが合わさりという女を形成した。誰もがを愛し求める。まるで光のような女。俺だけの、光。



「私、帰るね」
「ダメだ」
「え?」
「ここにいてくれ」



頼む、とジャミルは言った。ずるい、そんなものは断れない。ジャミル君も何れ慣れるじゃない?ケイトはそう言う。付き合い始めってそういうもんだよ。慣れるのだろうか。そうしてそれをジャミルは求めているのか。

ドアの前に立ち止まったは返事を口に出来ず、痺れを切らしたジャミルが立ち上がり手を引いた。この不穏さに気づいている。ジャミルは終始イラついているし、で持て余している。

課題、いいの。小さな声でそう問う。抱き締めるジャミルは何も言わなかった。