僕はもう手遅れ。だってこんなにも、ほら



   とジャミルが別れたという話は学園内を駆け巡った。ジャミルが我慢出来ず別れた、というのが大方の見解だ。皆、その立場になれば致し方がないと思う。

野郎ばかりの中で唯一の女。付き合いに弊害は多い。それでもジャミルが前例を作った為、単純に彼女が欲しいという後釜狙いの奴ら、元々を好きだった奴らが色めき立つ。

二人が別れたのではないか、という噂が立ったのは一週間程前の事だ。おはよー、と笑いながら教室へ入って来たは何だかいつもと違って、エース達は少しだけそわそわとした。やけに余所余所しいというか、笑顔ではあるが元気がなさそうな、そんな違和感を感じたからだ。

すぐにジャミルと何かあったのか、と察したが流石に直接聞く事は出来ない。休憩時間にが離籍したタイミングを見計らいグリムを尋問した。グリムは最初言葉を濁したが、当たりの強さに折れた。



、別れたろ」
「…」
「さっさと答えろ」
「うぅ…」
「あいつ帰って来るから早く!」
「泣いてたゾ…」



の付き合いに口を出すつもりもなく、オンボロ寮にジャミルが来たとしてもオレには関係ないぞと一貫したスタンスを保っていたグリムだったが、流石に二人が言い合い、普段泣かないが泣いたとなれば冷静ではいられない。

荒ぶるジャミルを見送り、部屋の中で泣いているの様子を伺い、ゆっくりと近づいた。の泣いている姿は初めて見る。まるで子供のように全身を震わせ蹲るに何も言えず、只隣にいた。

ある程度泣いたは徐々に落ち着きを取り戻し、別れちゃった。そう言った。グリムは内心ほっとしたのだがそれは言わない。



「で、何で別れたんだよ」
「振られたって言ってたゾ」
「は!?」



兎も角、そこから話は一気に広まった。噂を耳にしたは、ばれちゃったか、と笑った。まあ、元気出せよと明るく励まし、昔の関係に戻る。エースとデュ―ス、それにジャック。の周りは元に戻り、彼女も何ら変化なさそうだ。傍から見る分には。










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と別れたという噂は思ったより遅く広まった。それはが誰にも言わなかったという事で、その理由は。そこまで考え止めた。こうなる事は分かっていた。

あの日、取り返しのつかない言葉を発したのは自分自身で、きっかけは何だったか。と付き合い始めてから胸の中に消化できない黒々としたものが積み重なった。独占欲だとか支配欲だとか、そういうものだ。心の平穏を保つ為にはの自由を奪わなければならない。それ以外のやり方を知らない。

彼女は極めて健康な人間で、こちらの鬱屈した闇に近づけないのだ。存在さえ知らないから理解も出来ない。別にそんな事は、求めていない。

はこれまでの人間関係を大事にし、新しい関係を構築する。彼女の過去が何一つ受け入れられないこちらがおかしいのだろう。頭では分かっているのだがどうしても駄目だ。受け入れられない。



「本当に別れたんですね」
「デリカシーのない奴だな」
「心配しているんですよ」
「嘘つけ」
「だって」



手放せないでしょう、さんの事。
こうして話しかけて来るアズールにしたってそうだ。相変わらず不健康な男ですね、そんな風だから別れる事になるんですよ。どいつもこいつも知ったような事を言う。

別れようと発してから一度もと会っていない。あの時、彼女は何と言っていたっけ。それさえも分からない。頭に血が上っていたから。



「…あててあげましょうか」
「…」
「何があったか」



俺の目を見ろ、と怒鳴り彼女の身体を揺さぶった。その瞬間こぼれた涙。やってはならない真似をしてしまったのだと瞬時に察した。はこちらのユニーク魔法を知っている。



「言われなくても分かってるよ」
「図星ですか」
「だったらどうした」
「あなたも成長しませんね」
「分かってるよ」



だからこんな気持ちになるのだと知っている。こんな自分にもうんざりだし、思いを伝えるのは億劫だ。心の平穏を乱されるくらいなら最初から何もなかった方がマシで、だから言った。

驚き泣くから手を離し、今しがた仕出かした最悪の真似を悔いる間もなく吐き出した。別れよう。分かっている。傷つけた事実を認め切れず、別れを切り出される事を恐れた。最悪な真似だ。

弁明もせず、取り繕わず突き放す。何から何まで最低の展開で吐きそうになった。部屋を出る前、無意識に吐き出した言葉の真意をは知らないだろう。言うつもりもない。



『お前なんか好きにならなけりゃよかった』



部屋を出てドアを閉めた瞬間、の嗚咽が聞こえた。考えうる以上最低の別れだ。別れるに足り得る言葉の羅列。ああ、だから。俺はこんな自分が大嫌いだ。