一瞬が本当に命取り、この気持ちだって



   と顔を合わせたのは偶々、サマーバケーションでカリムの実家へと帰った時の事だった。各国の名士を集めた大規模な晩餐会が行われており、当然帰省したカリムの顔見せと相成った。

見知らぬ人間が集う場所は単純に危険度が爆上がりする。まったく休んだ気持ちにならないなと思いながらカリムの護衛を続けていれば。2mほど離れた場所からカリムの名を呼ぶ女が近づいて来た。

一際煌びやかな衣装を身に纏った若い娘で、年の頃は十代後半といったところか。女が通る場所はまるでモーゼ宜しく人々が道を開ける。その事に僅かな疑問を持ちえていない。

カリムは女を見て、、と叫んだ。、久しぶりだな。カリムの声に女は然程の反応を示さず、どうにもこちらを見ている。人の顔をジロジロと見やがる、と思った刹那だ。



「それ、頂戴よ」



不躾にそう言われ驚いた。それ、とは俺の事だ。どういう出自の女なのかと呆気に取られていれば、それなんて言うな!とカリムが怒り出す。結果、両家の親族まで出て来てひと騒動となった。

その中で分かったのは、はとある国の姫だという事(故の尊大な態度だ、先が思いやられる)で、カリムとは度々顔を合わせていたらしい。大変気位の高い女で、基本的に公の場に姿を表す事はない。だからジャミルは存在を知らなかったのだ。

大人同士の話し合いの結果、予想はしていたが外交の意も含み姫の元に出向する事になった。カリムは最後まで強固に反対していたが、こちらも両親の手前、むげには出来ない。学生と言う事で期間はサマーバケーションの間に限られた。唯一の救いだ。

ジャミルが抜けた穴は直属の護衛隊長が務める事となった。万が一カリムに何かがあれば俺はお前を殺すと端的に告げる。私も同じ気持ちだよと、護衛隊長は笑った。

国へ向かう道中から既に察していたが、は極めて我が強く従者達は酷く手を焼いていた。カリムとは又違った大変さだ。あれは奔放で鈍いが、は奔放で賢しい。全てを計算ずくで行うような意地の悪さを見せる。だから逆に気は楽でカリムに対するような感情は微塵も抱かなかった。の我儘を何なく受け流すジャミルに、お前もこっちの方が楽だろうにね。はそう言った。

王国制のその国は古くから立ち並ぶ街並みが見事で息を飲んだ。城下町は人々でごった返し栄えていた。平民の住む古い街並みを抜けた先に城は聳えていた。古く壮大な佇まいに規模の大きさを感じる。ジャミルは姫と同室に暮らす事となった。どうやら例の護衛隊長も同じくだったらしい。姫の部屋を挟み四方に小部屋が並ぶ。何かがあればすぐに姫の元へ向かえるようにとの配慮だ。ジャミルの予感はあたった。基本的に悪い予感程よくあたる。

城で暮らし始めて一週間ほど経ったある夜の事だ。真夜中に姫はジャミルを呼び、夜伽の相手を求めた。あの護衛隊長もやっているのだろうかと思ったが聞かなかった。断る術はない。何せ相手は一刻の姫だ。そうしてこの身は囚われ。失礼のないようにと貸し出されたに過ぎない。誘われた時に抱けばいいのかと思っていたが、そう簡単な話ではなかった。

の夜伽は一風変わっており、一切の接触は彼女の許しを得てからになる。まずはジャミルに服を脱ぐよう命じ、それからじっくりと彼の身体を眺めた。美しいわね。そう言い褒めたたえる。は肌の透ける生地で出来た寝間着を纏っている。天蓋付きの大きなベッドにジャミルを誘い、絶対に逆らってはダメよと微笑んだ。

まずは黄金の貞操帯を取り出した。完全に覆い被さるタイプではなく、性器自体に被せ完全に勃起させないようにする為のもので、彼女は慣れた手つきでそれを装着させた。その状態でオイルを垂らす。最初は背中、肩、と細い指が自在に動く。



「お前の肌は上質ね」
「…そうかな」
「吸い付くようだわ」



の指が背中から腰、臀部へと滑る。



「おい、ちょっ…」
「動くなと言ったはずよ」
「そこは」
「お前に拒否権はないの、ジャミル」



抗う術もなく受け入れるしかないのよ。指先が尻の割れ目をなぞる。むず痒い感触に鳥肌がたった。ショウの指は尻の肉を分け会陰部分に到達した。オイルが追加されぬるぬると刺激を続ける。これまで感じた事のない奇妙な気持ちよさだ。無意識に力が入る。

はジャミルに四つん這いになれと命じた。屈辱だ。屈辱以外の何ものでもない。そもそもこの状況は何だ。何故俺はこの女に辱めを受けている?獣のように四つん這いになり尻を高くつきださせ、の眼前には露わになったアナルが現れる。指先で周囲をゆっくり撫でた。ジャミルの背が大きく反応する。



「声を出してもいいのよ」
「…」
「聞かせて頂戴」
「…っ」



ショウの指は触れるか触れないかの距離で会陰部分からアナルまでをいったりきたりと撫で上げる。まんじりともせず責めを受けていれば、急にがジャミルの背に覆い被さって来た。特有の甘い香りと柔らかない肉の感触。はジャミルの耳の側で囁く。



「お前の国には稚児踊りの風習があるのでしょう、お前はてっきりそれの出かと思っていたわ」
「俺は、違う」



の指がアナルを突く。反射的に力が入る。きつく拳を握り耐えた。単純な感情は死ね、だ。選ばれし者どもの傲慢さ。

稚児踊りは未だあの国に根深く残る悪しき風習だ。貧しい家の子供たちは人減らしで売りに出される事がある。あくまで裏の話だ、表向きは奉公という形をとる。そんな少年の中から容姿の優れたものだけを集め歌と踊りを教え込む。精通前の見た目には少女の様な少年達ばかりで構成された集団は、主に要人たちの集まりに駆り出されそこで芸を披露するのだ。稚児になれば大金が手に入る。



「俺は幼い頃から一貫してカリム付きだ」
「お前は美しいのにね」



はジャミルの背に半身を横たえ、右手はアナルを弄りながら左手は背を愛撫している。



「お前、本当に初物なのね」
「…だからっ、言っているだろ」
「驚いたわ」



高値で売れそうなのに。



「やめっ、」



やめろと言うまでもなくの指がぬるりと侵入した。強烈な違和感だ。身体は反射的に異物を体外に出そうと押し返す。の左手が背から乳首へ踊った。ビクビクと身体が反応する。気持ちがいいのか気持ちが悪いのか分からない。



「力を抜きなさい」
「無…っ理、だろ」
「でないと辛いのはお前よ」
「うっ」



ふざけるなと口にしていた。それでもは厭わず指先をグイと押し入れる。強烈な嫌悪感と不快感に苛まれ、何より屈辱的だ。の舌はジャミルの耳朶を噛み舐め愛撫に終始する。

稚児への誘いはこれまで幾度となくあった。ターゲットの少年へのかどわかしが頻繁に行われる現状だ。その危険性とは常に隣りあわせだった。この身が侵されずに済んだのは明らかにアジーム家の庇護によるものだ。稚児として売られるよりもアジーム家に仕える方が金銭的にも上回っている。全員の思惑が合致した事により救われた一面もある。

権力者の集いにて幾度となく稚児を見て来た。彼らの中では美しい稚児を囲う事が一種のステータスとなっている。踊りは酷く扇情的で興が乗ればより一層性的になる。でっぷりと肥えた司祭の膝の上で腰を振る稚児を横目に、一歩踏み外せば地獄なのだと思い知らされた。この世は不条理に満ちている。俺はどこまで浮かび上がる事が出来る?

小一時間ほど指を出し入れされ、どうやらは前立腺を探していたようだ。そこに触れられた瞬間、あぁ、と声が漏れた。シーツを掴む指先に力が入り、思わず顔を埋めた。場所を確認したはあっさりと指を抜き、今日は終わりよと告げる。全身に汗をかき嫌な疲れ方をしていた。射精に至るほどの快感はなく、それでも腰の辺りには鬱屈とした滞りが漂っている。は貞操帯を外さなかった。

その日から射精の管理が始まった。昼間は何食わぬ顔をしの世話を行い、夜になれば前立腺を刺激される。二日目はより一層の快楽を覚え、それでも射精には至らない。男性器は貞操帯により触れる事が出来ない。こちらを嬲るも日ごとに興奮を増し、内腿はぬらぬらと光っていた。

お前、何を考えているんだ。幾度となく前立腺を責められながら問うた事がある。無礼を承知でだ。腰が砕けそうなほどの快感を与えられ続けそれでも射精は許されない。男性器への刺激そのものを許さない。多少の無礼も許せよ。とうに頭がいかれてるんだ。



「何って、何も」
「ふざっ…っ、ぁあ!」
「お前は道具だもの」



私にとっても、カリムにとっても。



三日目の夜からは一転、はジャミルに触れなくなった。代わりに前立腺を刺激するプラグを挿入され、大きなラタンの椅子に膝を立てた状態で座らされ両手両足を繋がれる。その状態で放置だ。絶え間なく襲うじんわりとした快感を絶え、早く時間が過ぎるようにと祈る他ない。半勃ち状態の性器からは透明な液が垂れている。は反対側のベットの上からこちらを見ている。



「お前は美しいわ、ジャミル」
「…」
「お前が乞えば射精を許すのに」
「絶対に、御免だ」
「強情ね」
「…黙、れ」



それに礼儀もなってないわと笑う。は射精を許さない。こちらの陥落を待っているのだろうか。何故。単純に享楽なのかも知れない。快楽を貪る選民階級などこれまで幾らでも見て来た。絶え間なく押し寄せる快楽の渦は地獄の様だ。気が狂いそうだと思いながらひたすらに耐える。こちらを眺めるは美しかった。