光の世界が怖いの。だって消えてしまうから



   散々貪った後に聞かされた。王の部屋で焚かれていた香には高濃度のメタンフェタミンが含まれており、それのせいで異常な興奮状態に陥ったらしい。一旦は気付けで中和されたものの、この部屋でドカンと作用した。



「あのまま私が助けに行かなければ、お前はとっくに犯され元の暮らしには戻れなかったでしょうね。あいつらはその為に常時その香を焚き続けるのよ。興奮が脳に刷り込まれるように」
「そこには二度と触るな」
「判断力を鈍らせて、まるでそこからの快楽が特別に大きいのだと思わせるのよ。お前の国の稚児たちも同じやり口で調教されてるわ」
「嫌な話だ」
「人は脳のいれものよ。抗えない」



お前を失わずに済んでよかったわと呟く。カリムに立てる顔がなくなるところだったとも言った。互いに互いの体液に塗れたまま寝具の上に裸で寝転ぶ。



「一国の姫を犯すなんて、大罪もいいとこね」
「不可抗力だろ」



ジャミルが腕を伸ばしの髪を撫でた。その手に触れかけたは、それでも触れる事無く起き上がる。彼女は既にいつもの表情に戻り、興が醒めたわ、と言った。この異常なサマーバケーションの終わりを意味する言葉だ。

お前の事は明日まで客人としてもてなすわ。楽しんでいって頂戴。と顔を合わせたのはそれが最後だ。翌日、この国を後にするジャミルを彼女は見送らなかった。

山ほどの土産を手に国へ戻ったジャミルを両親は元より誰もが手厚く出迎えた。予定されたよりも早い帰還であり、何か事が起きたのではないかとカリムは酷く心配していた。ジャミルの出向はアジーム家にとっても大きな意味を持ち、の国との独占契約を結ぶ事が確約された。

ジャミルが戻るまでの間に直々に回答があったらしい。あの国の実権はが握っているといっても過言ではなかった。










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―――――まあ、そういう昔話があったのさ。そう古い話でもないんだがね。

ジャミルの前には後ろ手に縛られた男が転がっている。カリムの命を狙った刺客で、NRCに忍び込んでいた。



「あいつは、易々と毒を喰らうような女じゃない」



の訃報が飛び込んで来たのは昨日の事だ。事の詳細は分からない。只、彼女の腹心でもある護衛隊長から一報があり、その旨を告げられた。城内は騒然としており、他にも事が起きているようで、護衛隊長自身も命の危機に瀕し暫く連絡は取れなくなると言っていた。

服毒自殺だったという話だ。あの女が?冗談じゃない。



は自ら死を選ぶような女じゃない」
「…」
「彼女の死で得をした奴がいる」



護衛隊長は言葉少なに告げた。そちらに刺客が向かう恐れがある。



「少なくとも只で殺されるようなヘマはしないさ」



あいつはそういう女だ。一報を耳にしたカリムは、と実父である王との不仲を口にした。実権をが握り王宮内は二つの派閥に分割したらしい。ジャミルが戻ってすぐの出来事だ。あの爛れた悪夢のような日々も無駄ではなかったわけだ 。



「お前が喰らった毒はな、神経を麻痺させるんだよ」



一思いに自決も出来ず、ゆっくりと呼吸が出来なくなる。意識ははっきりしてるだろう、それに耳も聞こえる。身体が動かないだけだ。

転がる男は眼を見開きこちらを凝視している。恐ろしいはずだ。何せ頭は正気を保っている。散々と毒の効能を口にするジャミルの隣、カリムが膝を突いた。男に向けて囁く。



「お前に慈悲をくれてやる、お前をここへ寄越した奴の名を言え」



じっと相手の目を見ながら尋問するカリムを背後から眺め、ぼんやりと思う。別に仇をうとうってわけじゃない、俺は別にあいつの事をどうとも思っちゃいない。だけれど。昨日から胸の奥がじくじくと疼いて仕方がない。それだけなのだ。