ミルクティーで恋占い



   最近全然ネイルに行けなくてマジで病む、と指先を弄びながらは言った。確かに彼女の爪先はジェルが剥がれている。

この国は酷く平和でそれでいて怠慢だ。短期留学と称してこの国に来てからというもの、呆れる程怠惰な生活を送っている。カリムの世話から解放された反動かと最初は思っていたのだけれど、どうやらそれだけではないらしい。

支出を抑えるべく滞在先はゲストハウスを選んだ。自身のように他国から来た人間ばかりが使っているのかと思っていたが、存外国内の学生も利用していて驚いた。は、その『国内組』の一人だった。

このゲストハウスはよくあるタイプのもので(最初に選ぶ際、数えきれない程のゲストハウスを見たので間違いないだろう)建物の入り口は一つ。キッチンやリビング、バスルームといった共有部分があり個人の部屋には電子ロックがついている。寮よりは多少のプライバシーが存在するといったところだ。

男性用、女性用と性別で別れている建物も多かったが費用が少しだけ割高だ。なので男女共同のゲストハウスを選んだ。



「珍しいな」
「ええ?」
「キミはそういう所、気にするだろう」



共有部分のキッチンで話をしている。基本的に自炊をするジャミルの料理は瞬く間に評判となり、材料費を出すから自分のものも作ってくれと声をかけられる事も増えた。別に一人分作るも二人分作るも大差ない。これまでカリムの分も作っていた為、正直な所気づかない内に二人分作っている事も多々ある。

このもその声をかけて来た内の一人であり、今も夕飯を待つべくカウンターキッチンに陣取っている。



「えぇー、ジャミルってそういうの覚えてるの?」
「意外か?」
「意外」



あたしに気があるっていうのが意外。は臆面もなくそう言う。その明け透けな所も好きだ。気に入っている。



「こうして胃袋から掴むって事?ヤバ」
「おいおい、見くびってくれるなよ」
「えぇ?」
「こんなのは序の口さ」



のネイルが剥がれかけている理由を知っている。三日前にゲストハウスの前で泣いていた事も知っているし、先程から鳴り続けている携帯を無視している事も知っている。その携帯は二度と見ないで。スワイプする指先を許せなくなるから。



「今日も謎料理なの?」
「そうだな」
「美味しいからいいけど」
「もうずっとキミは俺の料理を食べてるからな」



身も心も俺に染められてるって寸法だ。



「…それって口説いてるの?」
「どう思う?」
「聞かないでよ」
「口説いてるよ」
「知ってる」



別にだけでなく、この国の若者はこうして嘘か本当か分からない心の内で騙し合っている。単純にこういう世界もあるのだと思えた。新鮮だな、とも思えた。平和な証拠だ。だからよく知りもしない男の作った料理を易々と口に入れる。



「俺の部屋で食べないか」
「…」
「ワインもある」



少しだけ考えたは、それでも顔色一つ変えずにいいよ、と快諾した。ワイングラスを片手に二つ。今日の料理には辛口の白で。俺の部屋はこっちだとを誘う。彼女の片手にスマホはなかった。