最早役目は果たさない



  
「あれ?今日って講習ありましたよね?」
「あー」
「社長行くんスか?ホテル押さえました?」
「や、俺じゃねーから」
「あれスよね、昨日来てた」
「親の借金の肩代わりとか未だに存在するんスね」
「自分の借金を隠す為に親の借金って嘘つく女は多いけどな」
「あれ、エグかったッスよね。実の親でしょ、連れて来たの」
「丑嶋くんとこの紹介でしたよね?」
「講習もあいつがやるってよ」
「丑嶋くんが!?」
「マジすか!?珍しい…」
「まぁ共同経営者だからね、その権利はあるのよ」



昔から恵まれていない人生だった。父親は生まれる前に行方を晦まし、母親は生まれた子をハナから疎んじた。産んですぐに養護施設に預けられ、そのまま暮らした方が幾分かマシだっただろう。


母親はが10歳の時に突如姿を表した。感動の対面なんてない。異様に若作りをした派手な女が猫なで声で母さんよ、なんて迫って来ても声は出ない。施設側は躊躇してくれたが行政からの指示には従わざるを得ない。母親に引き取られたを待ち構えるのはひたすらに地獄だった。


彼女がを引き取った理由は男に命じられたからだ。母親の新しい男は所謂青年実業家崩れであり、小児愛好者だった。引き取られたはその日に男に犯され、それから15になるまで延々慰み者となった。


金回りのいい男を離したくない一心で実の娘を生贄に捧げた母親は、に対する嫉妬心も隠さなかった。男はと母親に際限りなく金をつぎ込んだ。


何不自由のない暮らしと性の捌け口となる天国と地獄のような時間は男が逮捕されるまで続いた。男の罪状は詐欺。性的虐待は露呈せず男は姿を消した。



「…あの」
「アンタがさん?」
「はい」
「ついて来な」



ターミナル駅真向いの古い喫茶店が待ち合わせの場所だった。男が逮捕されてからの生活は違う意味合いの地獄で、金づるを失った母親は酒に溺れに暴力を振るった。男から犯される事はなくなったが生きている理由は分からない生活が続く。


男の逮捕と同時に高校を辞めていたは通信制の高校に通いながらバイトをしていた。僅かなバイト代は母親に奪われ酒代に消えた。


男の逮捕から半年も経たない内に母親は又してもろくでもない男を捕まえて来た。その男は母親と共に借金を重ねに暴力を振るった。


昨日はの18の誕生日だった。男と母親に連れられデリヘルの事務所へ向かった。母親は又しても自分の為に子を売ったのだ。


事務所前で父親と母親は追い返され、だけが事務所内に入る。ジロジロと品定めするように眺められ居心地は悪い。店長はそのまま体験入店するかいと誘ったが、その奥に座る目つきの悪い男がそれを遮った。


明日、講習するから。男はそう言い今日はこのままウチが契約してるホテルに泊まりなと鍵を渡して来た。そこに泊まる事が出来、久々に平穏な夜を迎える事が出来た。


18の誕生日に実母に売られ風俗で身を売る事になったのだ。あいつらの作った借金は全額が分からない。闇金にも借りているようだ。返す事など出来ないだろう。


悶々としたまま約束の時間に約束の場所へ向かう。男はいた。昨晩スマホで調べたところ、風俗には講習と呼ばれる風習があるらしい。場所によっては本番講習を行う悪質な店もあるらしい。そんな店では働かないようにしましょう!なんて書いてったが、ハナからその店で働けと言われている自分のような人間は逃げようがない。まあ、別にどうでもいい。こんな身体なんてどうでもいいからだ。


男はグングンと先を歩く。この先にあるのはラブホテル街だ。二人でラブホテルに入り狭いエレベーターに乗り込む。



「処女?」
「…違います」
「あっそ」
「あの、あなたは」
「田嶋」
「田嶋さん」
「覚えなくていーよ」



男がホテルの部屋を開けた。古い部屋だ。中に入りすぐに田嶋はベットに座り、立ち尽くすに話しかける。



「アンタの仕事はデリヘルだ。大方こういうホテルに呼ばれる事が多い。こういうラブホテルならまずフロントで呼び止められる事はねーから、指定された部屋の前まで行ってインターフォンを鳴らせ。そしたら客が中から出て来る」
「…」
「アンタを見て気に入りゃ、客はドアを開けて招き入れる。そしたらすぐに店に電話をかけろ。客と合流したって合図だ。そんでタイマーをかけてスタート。まず、客の服を脱がせて、一緒にシャワーを浴びろ。これから散々触る相手だ、オプションで即尺ついてなけれや浴びろ。必ず一緒に入ってお前が洗うんだ。汚ねぇからな。それに、客も喜ぶ」



田嶋が両手を上げた。彼の着ている黒いパーカーを脱がせスウェットのズボンも脱がす。そのまま服を脱げと言われ多少躊躇したが脱いだ。人に見られたくないものばかりだ。この一週間、借金取りに追われた二人はを散々痛めつけた。



「どうした、その身体」
「…」
「今更隠すモンもねぇだろ。どの道そんな身体じゃ商品にならねぇ」
「殴られてて」
「誰に」
「…義理の父、と実の母に」
「あいつらから離れりゃ問題ないんだろ」
「…」



話しながらシャワーを浴びる。店から支給されたグリンスを両手で泡立て男の身体を洗う。の身体は無数の痣で彩られ普通の男なら萎えるはずだ。昔は当然こんなんじゃなかった。まだ身を貪られていた時期の方がマシだった。



「性器は念入りに洗いな。どうせアンタの口に入るんだ。それに病気持ちの男はグリンスが染みる。この段階で痛がったら店に電話するなり、ゴムつけるなりやりようはある。自分の身は自分で守りな」
「あ、はい」



シャワーから出たら二人で歯磨きをし、イソジンでうがいをした。そうしてベットに戻る。大の字になった田嶋を跨ぎ腹の上に座った。



「ヘルスは基本、女が男を責める。お前がリードするんだ。客に流されるな」
「本番は禁止なんですよね…」
「あれやこれやと言葉巧みにやりたがる客は多い。皆やってるとか、ばれない、とかな。只、本番行為は違法だ。さっさと咥えろ」



田嶋の性器はシャワーを浴びている時から半勃ちの状態で、いざ咥えても中々芯が入らない。それにあれやこれやと指示をされる分、中々集中出来ないでいる。子供の頃、散々咥えさせられたはずだが嫌々でやっていた為に身に付いてはいないのだ。



「アンタ、下手だね」
「…」
「フェラか手コキか素股、どれかで射精させろ。素股、やった事ある?」
「ない、ですけど」
「もっ回乗って」
「え」
「片手で握って。握っとかないと、こうしてうっかり中に入っちまうぜ」



田嶋がの腰を掴み僅かに身体を動かすと、丁度のお尻割れ目に沿わせていた性器が膣の方までずるりと滑る。慌てて右手で掴み挿入を防いだ。



「ローションを使って、騎乗位みたいに動いて」
「あ、はい」



田嶋は顔色一つ変えないし、やはり性器も然程固くならない。騎乗位の動きを続けるが汗だくになるだけだ。本当にこんな事を続けられるのだろうか。


それにこの身体だ。あの二人と暮らしていれば痣は不可避だ。痣のある女をわざわざ金を出してまで抱きたい男はいないだろう。それも全身だ。身体を売っても稼ぐ事が出来ない場合、他に道はあるのか。余計な事を考えてしまいまるで集中が出来ない。



「…アンタ、何で親の借金肩代わりしてんの」
「…」
「アンタの借金じゃねーんだ。やらなきゃいーんじゃねぇの」
「!」
「俺はどっちでもいいけど」



手枕をしたままこちらを見ている田嶋は返事を待っているようだ。何故、親の借金を肩代わりしている?そんな事、一度として私は望んだのだろうか?だったら何故逃げられない?もしかしたら、



「しない」
「!」
「肩代わりなんてしない、風俗で働いたりもしない!!」
「…あっそ」



言葉にした瞬間、ずっと胸の中に蟠っていたドロドロとした塊が吐き出されたような感覚に陥り、涙が止まらなくなった。田嶋は携帯を取り誰かに電話をしているようだ。



『柄崎?あいつら捕まえといて。娘は逃げた』
『捕まえますか?』
『いや、いい』
『!』
『奴らから回収する』
『わかりました』



母親らしい事は何一つやった例のない女だ。私の人生は私のもの。もうこの身体を傷つけさせない。誕生日に風俗へ娘を売り渡すような母親など、こちらから願い下げだ。



「おい、いつまで泣いてんだ」
「!」
「お前もう働かねぇんだろ、だったら講習は終わりだ」



降りろ、と言う田嶋の性器は嘘みたいに固くなっていての手の中でどくどくと脈打つ。田嶋は変わらずこちらを見ている。ローションでぬめる指先を軽く動かせば、男の眉間に僅かだが皺が寄った。



「あの」
「アンタ、何やってンの」
「最後までやりません…?」
「…」



自分でも何を言っているのか分からない。だけれど私は昨日18歳になったばかりで、昨日と今日で人生が180度変わった。これまで何一つ自分で選んだ事はなかったのだけれど、これからは全てを自分で決める必要がある。


田嶋がヘッドボードに置いてあるコンドームに腕を伸ばした。不思議なほど、時めいていた。