太陽が死んだ日



  は、美しい娘だった。その美しさといえば都で一番と呼ばれる程で、一目見たもの全てが虜になる程の美しさだった。その噂は朝廷や如何なる武将達にも轟く程だ。そんなに目を付けた様々な輩は、其々にかどわかしの腕を伸ばした。その中に、無惨もいた。

確かには無惨が目にした数多の人間の中で最も美しかった。数百年生きていてもあれ以上の美しさを目にした事がない。それが美しいからどうこうという気持ちはない。只、それらの中で最も美しい。そこが重要だ。

どうしようかと思い様子を見守っていた矢先、の住まいに男達が押し入った。戦国大名同士がを取り合い、その内の一人が放った刺客だった。家族を皆殺しにし、を連れ去る目論見だったのだろう。丁度、月も出ないおあつらえ向きの夜だった。

悲鳴の途絶えた屋敷に踏み入り、血の匂いを辿る。を抱えた男達を見つけ速攻で始末した。その途中で意識を取り戻したは、自身の置かれている状況がまったく理解出来ていなかったが只ひたすら怯えていたように思える。闇の中怯えるの顔は何ものにも代えられない程に美しい。これが老えるのは惜しい、許されない。喰っても構わないが、とりあえず鬼にするか。

を捕らえ、その唇に自身の血液を垂らそうとしたその瞬間だ。熱い斬撃が身を過り思わず伏した。腕の中にいたはずのは消えうせ忌々しい痛みがこの身を襲う。これ、この痛み。私に痛みを教えたこの斬撃、これは―――――










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あの日、無惨の腕の中からを救い出したのは縁壱だった。現場を一目見てすぐにの家族を殺したのは無惨の仕業でないと分かった。自身も目の前で家族を殺したのは自身を狙った賊だと分かっていた。押し入った際、父親ともみ合った賊が、切り捨てる前に叫んだ名前を憶えている。有名な武将の名だった。

家族を殺されたを引き取りたいという声は数多もあったが、自身がそれを拒否した。もう誰も信用する事は出来ない。鬼殺隊に入りたいと頼み込んだ。

縁壱はいい顔をしなかったが、死ぬ自由くらいはこの手にしたい。助けられた命ならば誰かを助ける為に使いたい。の真摯な気持ちを汲んだ産屋敷当主がそれを許し、彼女は鬼殺隊に入る事になった。

縁壱の継子になったは日々厳しい鍛錬を積み、幾度となく鬼と戦った。酷く美しい剣士がいると噂になったのもその頃で、の存在を見失った武将達が追手を寄越す事もあったが、今となっては一人で撃退する事が出来るようになった。家族の仇である武将は戦に敗れこの世を去っていた。

縁壱からは出来る限り自分の側を離れるなと言われていた。あの日、を無惨から助け出してからというもの、恐らく自身の存在がトリガーとなったのだと縁壱は予想している。無惨はを執拗に狙っていた。

も人並み以上の強さは手に入れたが、それでも無惨にかかれば容易く命を落とすだろう。だからといっていつまでも側で守る事も出来ない。

そんな折、都の方で鬼による騒ぎが起きた。名の有る武士の一族がそこに住んでいるという事で縁壱に声がかかった。を連れて行くかどうか迷ったのだが、既に数人の剣士が命を落としている現場だ。産屋敷邸にいれば鬼の目は交わせるだろう。そう思い今回に限りを置いて出かけた。それが、過ちだとは分からずに。

明け方に経った縁壱に気づいたは刀を持ち彼を追った。は自らが役に立たない為に置いて行かれたのだと思い違えをした。産屋敷邸を飛び出したの足取りは依然はっきりとしない。只、彼女は姿を消した。戻った縁壱が八方手を尽くしても見つからなかった。










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あの時からどれだけの耐えがたい時間を過ごしたというのか。一度手の内に抱いたが奪われてからの苦痛を伴った数年間。あの男が常に側にいた為、このに近づく事さえ叶わなかったが、その分娘は女になった。幼い頃から年齢離れした美しさではあったが、十代も後半に差し掛かったこの娘は最も美しく咲き乱れている。

都で大きな騒動を起こし二人を引き離した。イチかバチかの賭けではあったが、作戦はまんまと成功した。都へ向かい駆けるの気配を察し、すぐに迎えに行った。こちらの顔を見てすぐに血相を変えたは果敢にも刀を構え斬りかかって来た。あの美しい顔で。

人は余りに脆く弱い。こちらが少し力を入れようものならすぐに死んでしまう。振りかぶったの腹を細心の注意を払い打った。気を失ったを片手に抱き、あの時の再現だ。ようやく手に入れる事が出来た。そのまま住処としている武家屋敷の一つへ向かった。

自身の血液を僅か、ほんの僅かだけ唇に垂らし死なない身体に変える。日中でも決して日の射さない座敷牢に、この為に捕らえ生ける肉塊と変えた人々を敷き詰めた。人間の壁だ。の腕を壁に埋め込み身動きを奪う。指先をぐっと脳に突き刺し痛みを感じる部分を壊した。

そのまま久しぶりの生殖行為に勤しむ。人としての理を捨ててからというもの、この行為に何ら意味を見いだせなかったが何故だかこのに対しては情欲が込み上げた。

ぼんやりとした眼差しでがこちらを捉えた。首を抑え床に押し付けるような形で犯している最中に意識を取り戻したらしい。すぐに悲鳴を上げ、あの男の名を叫んだ。両腕は肉に埋まっている為、どれだけ暴れても逃げ出す事は出来ない。恐怖に歪むの顔を眺めながらああ、そうかと納得した。

獲物を奪われる事は耐え難い。この期に及んであの男に助けを乞うお前を許せる道理がない。私はお前を許す事が出来ないのだ。お前は殺さない。私を裏切った事を深く悔いるがいい。

性器を出し入れしながら持ち上げた左足に噛みつく。そのまま肉を食い千切り生きたまま足を喰らった。は気が狂ったように頭を振り叫んだ。生きながらにして足を喰われているのだ。目の前で喰われる己が足を目の当たりにし恐怖に慄く。恐らく気づいているはずだ。痛みがない。今まさには混乱の最中にいる。自分では一切抗えない圧倒的な力に支配され心は耐え切れない。そのまま射精した。

その日からそれは習慣化した。半鬼化したを気まぐれに喰らう。まるで甘味だ。幾らでも喰えるだろうと思えた。を活かす為に垂らされる血液の量はどんどんと増え、自身も鬼化が進む。鬼殺隊の一員となったは心の強さを備え持った。そんなもの、持たなければ楽だっただろうに。



「今日、あの男に会ったよ。
「…」
「あいつに斬られて死ぬのもいい、どうせあの男はお前を見ても分からない。それでもお前はあの男に助けを乞うのか?」
「あの…男…」



辛うじて残る人としての意識だけがの鬼化を止めている。幾度も無惨に喰われ再生するこの身体はとっくに人ではないのだろう。



「お前の心は半ば丸見えだ。お前の中には私の血液が大量に流れている。早く諦めて楽になれ、
「ぁ…」
「そうして共に奴らを皆殺しにしよう」



無惨はの顔を両手で包みじっと目を見つめる。もう私の中にはあの人の名も残っていない。無惨の言うあの男とは誰なのだろう。もう分からない。

頷いたに口付ける。初めて肉の壁から解放されたはぼんやりとした目でこちらを見上げていたが、隙をついて外へ飛び出そうと最後の力を振り絞った。外はすぐに夜明けだ。伸ばした指先は届かなかったがもうこちらは自在に操れる程の血液をの体内に注いでいる。あと一歩のところで崩れ落ちたに近づく。



「…っ!!!」
「驚いたよ、。この期に及んで私を欺くとは」
「殺して」
「人としてのお前を完全に殺そう」
「縁、」
「二度とその名を呼べぬように」



の頭を掴み顔を上げさせる。僅か開いた唇をこじ開けるように口付け舌を噛み切った。どくどくと大量の血液がの体内を汚す。もう、あの男の名など思い出せやしないだろう。