赦されるならばいまこの刻に



   産まれた国は混乱の最中にあった。両親は知らない。の両親は彼の独裁者が資本主義の申し子と戦う為に作り出した秘密組織になる。

存在自体を知られてはならないその組織は文字通り子を生み育て独裁者の手駒となるような工作員を数多排出していた。だからの最も古い記憶は白い部屋にズラリと並ぶベットと、同じような面持ちでこちらを見ている同世代の子供の顔だ。

兎も角の生まれはそんなもので、その国はとっくに解体されている。独裁国家の息は短い。ほんの二十数年の間にあの国は骨の髄までしゃぶり尽くされ見る影もなく解体された。

国が解体される前に組織自体は解散した。その組織の存在そのものを国際社会に知られるわけにはいかない。独裁者は保身に走り工作員達に自害を命じた。幼い子供たちは毒を盛られ、忠義に厚い数%の人間が自ら死を選んだ。達のように幼くもなく忠義にも厚くない殆どの工作員はじっと息を潜めこちらを殺すようにと向けられた軍人を殺し(まあ、彼らも殆どは国の終わりを感じており、銃口を向けて来る者は数える程ではあった)中には共に共謀し、とりあえず終焉を待ったわけだ。

独裁者の首が落ちた瞬間に同胞は世界中に散った。もその中の一人で、世界中の諜報組織は当然その事を知っていたので幾つものリクルートを受けたが断った。二度と、誰かの元で生きたくなかったからだ。

まあ、それはそれとして生きては行かなければならない。他に出来る事もないし、こうして今も深層ウェブに窓口を設けランダムに仕事を請け負っていたわけだ。

H.C.F.に潜入してくれ、という依頼が来たのは半年程前の事だ。のように素性の不明なフリーランスの工作員に声をかけてくるくらいだ、余程厄介な案件なのだろうとは思っていた。

研究員として潜り込み求められている情報を少しずつ盗み出す。そんな時、あの男と遭遇した。アルバート・ウェスカー。

一目見た時から、この男は私に気があるのだろう。そう思った。男の視線はどこにいても感じていたし、すぐに部署移動が命じられた。勿論、ウェスカーのいる部署にだ。単純に好みの問題なのだろう。彼もそう無粋に距離を近づけようとはして来なかった。あの夜までは。

その日は酷い嵐の日で、殆どの社員が早めに帰宅していた。地下にある研究所は防音になっているし外界の状況はまったく分からない。いや、恐らくウェスカーには連絡が来ていたのだろうが、彼はそれを伝えなかった。

定時になり帰ろうとした矢先、施設が停電を起こした。その途端だ。背後から急に抱き締められ驚く。それは何も抱き締められた事に驚いたのではない。そこにいる気配が一切なかった事に驚いた。

やめてください、そう言いながら力なく身を捩る。抱き締めて来たのは案の定というかやはりウェスカーであり、制止の言葉を吐き出す唇を奪い、その身体ごと研究所の床に押し倒した。

下手に動けば素性がばれかねない。両手でウェスカーの身体をどうにか押し返そうともがくも微動だにせず、彼はの両腕を片手で頭上に拘束した。

それ以外は特に殴りつけるわけでもなく、普通に愛撫をし侵入して来た。最初からそのつもりだったのだろうな、と思いながらそれを受け入れる。挿入後から解放された腕で口元を抑えれば、ウェスカーはそれを許さず、代わりの様に口付けた。舌を絡め呼吸を奪うような深い口付けだ。これまでも同様の目には幾らでも遭って来たが何故だか嫌に気持ちが良かった。セックスが終わるとウェスカーは一言、二言他愛もない言葉を投げかけ研究所を後にした。

それからウェスカーは幾度となくの身を貪った。何食わぬ顔をして翌日も顔を出した事により了承を得たとでも思ったのだろう。こちらも情報を抜き終えるまでの時間稼ぎになる。だから、



「…仕事は終わったのか?
「そうよ」



だからこちらの仕事が終わった時が関係の終わりだ。別れの言葉など必要でなく、姿を晦ませて終わりだ。研究所を出て施設の敷地を離れ街へ向かう。とあるカフェで何食わぬ顔をしデータを渡し終わりだ。

仮住まいから数少ない荷物を持ち出そうとした、そのアパートメントにウェスカーは現れた。明らかに部屋を引き払おうとしているを見ても彼は驚いていなかったようだ。



「別に構わんさ、俺もじきに離れる」
「ごめんなさいね」
「お前、俺の元に来ないか」
「…」
「別に、無理強いはしないが」



酷くむず痒い会話だと感じだ。この男は私の事を気に入っているのだろう。そんな柄でもない癖に。まさか断られるだなんて夢にも思っていないはずだ。

この半年の間、彼は一度も避妊せず幾度も幾度もこちらの身を貪った。別にそんなのは構わない話だ。無理矢理犯される事も多い。その都度こちらも自身で対策する。だからだ。



「私、妊娠してるのよ、ウェスカー」
「!」
「だから、さようなら」



そうなる事は分かっていた。今、この腹の中には確かにこの男の子が宿っている。そうなるであろう事は分かっていて、幾度もこの男に抱かれた。一切の対策を放棄して。ウェスカーは何も言わなかった。言えなかったのかも知れない。分からないが、少なくとも酷く驚いてはいた。

入口側の壁にもたれかかっているウェスカーを通り過ぎエレベーターホールへ向かう。すぐに開いたエレベーターのドアに吸い込まれ、こちらに銃口を向けるウェスカーと向き合った。ゆっくりとドアが閉まる。彼は引き金を、